古城・丸岡城(霞ヶ城)の遺構 (previous next)

天守閣の石垣
 丸岡城は、明治3年(1870)3月藩籍奉還後、官有となった。
 その後、民有になり、その間に建物(館・門・塀・武家屋敷など)は売却され、石垣は壊れるままに放置され、明治34年(1901)町有になった。

戦前国宝だった記念碑  大正中期より昭和の初期にわたり、濠は埋められ、昭和9年国宝に指定されたが、昭和23年福井大震災により倒壊した。

 昭和25年重要文化財の指定を受け、昭和30年に修復再建された。
 現在は、本丸の天守と僅かに石垣を残すのみとなり、城域は公園として今日に及んでいる。

本丸への上り道  昔の城郭は、ほぼ5角形のはなはだ広い濠を堀り、外郭に侍屋敷を配置し、更に河川を利用して外濠を設け、寺院民家を包容して城下町を形成していた。

 濠の幅は、最大のところは91mにもおよび、今は想像も出来ない程の変わりようあるが、旧町役場前の濠にその名残りが感じられる。

 天守は、往時のままの状態で保存されており、東西12.7m、南北10.8mにて屋根は二重で、内部は三層になっている。

 現在、城郭一帯には、数百本のソメイヨシノ桜が植えられ、毎年4月の開花時期にその別名霞ヶ城の名にふさわしく、花の霞に浮立つ古城の眺めは一しお旅情をそそるものがあり、県下の景勝地として有名です。

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