正法寺山荘跡
入口正面の石組みの排水路と土塁(北方面)
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入口正面の石組みの排水路と
土塁(北方面)
山荘跡入口からの北側の礎石跡(北方面)
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山荘跡入口からの
北側の礎石跡(北方面)

 関氏一族は平家を祖とし、室町時代鈴鹿川一帯に勢力をのばして、関氏を名乗るようになります。
 関氏の本城は、亀山市若山の地に在って、16世紀には、神戸城(鈴鹿市)、国府城(鈴鹿市)、峯城(亀山市)、鹿伏兎城(関町)も一族で固め、関五家と呼ばれる北勢随一の土豪でした。

 正法寺山荘は、羽黒山を背にして三方を小野川の清流が流れ、自然の要害ともなるこの地へ関氏一族の武将関盛貞(号何似斎)によって、永正の初め(1504〜)に築かれました。
 戦乱に明け暮れる世にあってもこの砦へは、連歌師柴屋軒宗長がしばしば訪れ、詩歌や茶の湯など風流のみちでも交わりを深めています。

中央土壇と入口側を分ける石組みの排水路と土塁(南方面)
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中央土壇と入口側を分ける
石組みの排水路と土塁(南方面)

 
 
正法寺山荘跡見取図
正法寺山荘跡見取図
 当時、小野川沿いは拓けた地域で、この正法寺をはじめ五つの寺院が堂宇を構えていました。
 後、その殆どが廃寺になりましたが、瑞光寺だけは木崎町の現在地に移転再興され、関氏歴代の菩提所となっています。

 昭和52年より10年間にわたる関町・国・県による発掘調査の結果、四棟の建物址、整然と石積みされた排水溝、井戸などが検出され、また北宋銭・明銭・笄(こうがい)・釘・瓦・天目茶碗・青磁・白磁・漆付皿なども出土されています。
 昭和56年1月国史跡に指定されました。

 山荘への入口の関宿の散策も時間があれば、是非歩いてみるのもよいかもしれません。
入口駐車場東面の土塁(南方面)
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入口駐車場東面の土塁
(南方面)
中央土壇を囲む東側の土塁(北方面)
中央土壇を囲む東側の土塁
(北方面)
中央土壇を囲む北側の土塁(西方面)
中央土壇を囲む北側の土塁
(西方面)
中央土壇を囲む南側の土塁と排水路(西方面)
中央土壇を囲む南側の土塁と
排水路(西方面)
北東側からの中央土壇
北東側からの中央土壇
 
今でも水を湛えている?北東側の井戸
今でも水を湛えている?
北東側の井戸
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 国指定史跡 正法寺山荘跡                          平成22年4月30日時点  
◇所在地 ・三重県亀山市関町鷲山字構
◇交通 ・東名阪道 亀山ICから、国道1号線(東海道)を西に進み、
   JR関西本線 「関駅」がある信号を右折し、500m程北上するか、
   少し先の地蔵院口の信号を右折し、関宿を通る県道11号線に入って進みます。
   いずれも小野川を渡って少しいったところを左折し、そのまま直進し、
   ぶつかったところを左に入り、その後は案内に従って進みます
◇駐車場 ・山荘の無料駐車場を利用
◇問い合わせ亀山市観光協会   TEL:0595-97-8877
・亀山市教育委員会  TEL:0595-84-5078

参考文献 ・現地の亀山市教育委員会の説明板

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