宮山城址
主郭南西側の高さのある土塁
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主郭南西側の高さのある土塁
 
敏太神社の裏山にある主郭虎口と八幡神社(東面)
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敏太神社の裏山にある
主郭虎口と八幡神社(東面)

 宮山城址は、戦国の世の木造具政が敏太神社の裏山に築いた砦である。
 木造具政は、伊勢の国司八代北畠具教の弟で、養子として木造家に入ったが、のち戸木に隠居をしたので、戸木御所と呼ばれていた。

 天正12年(1584)織田上総介清生を敵にまわして戸木城で篭城するが、宮山城は戸木城の北を守る要害の位置にあり、敵の動勢を見渡す上からも必要な城であった。
 そのため織田勢は風早池の西に陣をしき、この城を攻めた。
 木造方の柘植彦次郎、田中道京海津河原田の諸氏はよく防ぎ戦い、西の谷間は激戦となったという。
 しかし、織田勢の家所帯刀に押され、遂に同年5月木造方はこの城を捨てて、戸木城に引きあげた。
主郭へ向う途中に幾筋もある空壕と土塁(北方面)
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主郭へ向う途中に幾筋もある
空壕と土塁(北方面)
主郭の北側に広がる空壕と土塁(西方面)
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主郭の北側に広がる
空壕と土塁(西方面)
 その後、この城は織田勢の本陣となり、同年秋停戦とともに廃止された。

 現在、城址に稲荷神社がまつられているが、その周囲に土塁や空壕が残り、当時の面影を今に伝えている。

 立派な敏太神社の社殿の左手にある説明板のそばを上がって、赤い鳥居をくぐって登っていくと、土塁や空壕が多数見えてきて、主郭の虎口には赤い鳥居、主郭には稲荷神社がありました。
敏太神社本殿前鳥居下からの参道(南方面)
敏太神社本殿前鳥居下からの
参道(南方面)
南側参道からの敏太神社本殿正面(北方面)
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南側参道からの
敏太神社本殿正面(北方面)
敏太神社本殿左手の主郭・八幡神社への参道と説明板(北西方面)
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本殿左手の主郭・八幡神社への
参道と説明板(北西方面)
主郭への登城道沿いの空壕と土塁(敏太神社方面)
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主郭への登城道沿いの
空壕と土塁(敏太神社方面)
主郭南下側の土塁と空壕
主郭南下側の土塁と空壕
 
主郭内側からの南側土塁
主郭内側からの南側土塁
主郭内側からの北東側土塁
主郭内側からの北東側土塁
主郭内側からの虎口と南東側土塁
主郭内側からの虎口と南東側土塁
主郭の北側に広がる空壕と土塁(西方面)
主郭の北側に広がる空壕と土塁(西方面)
 
主郭の周りに広がる二重の空壕と土塁(西方面)
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主郭の周りに広がる
二重の空壕と土塁(西方面)
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 宮山城址                                     平成22年4月30日時点  
◇所在地 ・三重県津市(旧久居市)戸木町字敏太
◇交通 ・近鉄名古屋線 久居駅西口から三重交通バス15/16系統榊原車庫行きバスに乗り、
   「戸木神社前」バス停下車、国道165号線を西に100m程進み、
   信号過ぎてすぐ右手の路地に入り、北へ250m程で敏太神社へ(距離約3km)
・伊勢自動車道 久居ICから、国道165号線を西に1km程進み、
   JA三重中央戸木店前の信号を過ぎてすぐ右手の路地に入り、北へ150m程で
   戸木神社(敏太神社社務所)へ、そこから100m程北へ進むと敏太神社へ
◇駐車場 ・なし、戸木神社(敏太神社社務所)近くの路肩を利用
◇問い合わせ津市観光協会   TEL:059-246-9020
津市教育委員会事務局 久居事務所  TEL:059-255-8861

参考文献 ・現地の旧久居市教育委員の説明板

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