霧山城跡

―― 伊勢、吉野間の交通連絡と兵糧輸送の要衝の城 ――

本丸跡北西端の土塁最高所に建つ城址碑
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本丸跡北西端の
土塁最高所に建つ城址碑
鐘突堂跡への登り道にある霧山城跡縄張図
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鐘突堂跡への登り道にある
霧山城跡縄張図

 霧山城は、南北朝時代の北畠氏の居城である。
 南朝方のもっとも有力な公卿であった北畠親房の子の伊勢国司顕能が延元元年(1336)父とともに入国すると、伊勢地方に南朝方の城砦が設けられた。
 本城は、興国3年(1342)頃築城されたらしい。
 この城は、標高600メートルの霧山の天険を利用して、本郭をはじめ、道場、米倉、鐘撞堂などが配置され、堀切と土塁で防備されていた。
 また、麓には多気館(現北畠神社境内)が置かれた。
 顕能がこの地を選んだのは地形が防禦に適していたことのほかに、伊勢、吉野間の交通連絡と兵糧輸送の便を考えたものと思われる。

 伊勢地方の南朝方の拠点が相次いで北朝方に攻め落されたときも、本城に足利軍が侵攻したという記録はない。
東西両端を土塁にて挟まれ、中央がくぼ地になっている本丸跡(北方面)
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東西土塁にて挟まれ
中央がくぼ地の本丸跡(北方面)
北曲輪群・矢倉跡の曲輪内部(北西方面)
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矢倉跡の曲輪内部(北西方面)
 
 両朝統一の後、北畠氏はこの地方の大豪族として勢威を振ったが、天正4年(1576)織田信長に攻撃され、本城もついに落城した。

 伊勢地方の城跡の中で歴史的にもっとも著名な城として、昭和11年に国の史跡に指定されたものである。
   ※ 「霧山城跡本丸跡説明板」を参照

[ 多気北畠氏城館跡 (北畠氏館跡、霧山城跡)の縄張図と航空写真 へ ]

 北畠氏館庭園裏からの登城道は、よく整備されており、7分ほど登ると詰城跡へ着きます。
 詰城跡には、曲輪や竪堀、堀切等が残っていました。

北曲輪群南端の米倉跡の曲輪(南方面)
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北曲輪群南端の
米倉跡の曲輪(南方面)
尾根道から南曲輪・鐘突堂跡への登り道(西方面)
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尾根道から南曲輪・鐘突堂跡への
登り道(西方面)
 詰城跡から途中分かれ道の案内板(南曲輪まで140m)がある登城道をひたすら登って行くこと、15分ほどで南曲輪群の鐘突堂跡下へと出ます。
 ここから鐘突堂跡の霧山(562mの標識があり)までは、かなりの急坂では結構きつかったのですが、登り切るとほぼ360度のパノラマが広がり、最高の眺望で、ここから北曲輪群も目の前に見えます。
 ここから北曲輪群への下りの急な坂はすべるので要注意です。

 北曲輪群の中心部で、両側に高い土塁のある本丸跡は、広くて見晴らしも良く、石柱と立派な石碑、説明碑がたっています。
 特に、一番西側にある米倉跡からの眺望は素晴らしく、南曲輪群やその先には吉野の山々も望むことができます。
南曲輪群(鐘突堂跡
尾根道から南曲輪・鐘突堂跡への登り道(西方面)
尾根道から南曲輪・
鐘突堂跡への登り道(西方面)
鐘突堂跡山頂近くの登り道
鐘突堂跡山頂近くの登り道
 
鐘突堂跡山頂の木に掲げられた「霧山(562m)」の札
鐘突堂跡山頂の木に掲げられた
「霧山(562m)」の札
北曲輪群・米倉跡から見た南曲輪群・鐘突堂跡
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北曲輪群・米倉跡から見た
南曲輪群・鐘突堂跡
鐘突堂跡石碑の立つ南曲輪上部
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鐘突堂跡石碑の立つ
南曲輪上部
鐘突堂跡から本丸跡への急峻な下り路
鐘突堂跡から本丸跡への
急峻な下り路
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北曲輪群(米倉跡、本丸跡、矢倉跡
南曲輪群・鐘突堂跡から見た北曲輪群・米倉跡
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鐘突堂跡から見た米倉跡
北曲輪群南端の米倉跡の曲輪(南方面)
北曲輪群南端の米倉跡の曲輪(南方面)
北西端の土塁最高所から見た本丸跡内部(南方面)
北西端の土塁最高所から見た本丸跡内部(南方面)
南端米倉跡からの本丸跡の土塁(南面)
南端米倉跡からの
本丸跡の土塁(南面)
本丸跡南側中央に建つ史跡石碑(南西方面)
本丸跡南側中央に建つ
史跡石碑(南西方面)
本丸跡曲輪の南西端土塁からの城址碑とその下の虎口跡(北方面)
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南西端土塁からの城址碑と
その下の虎口跡(北方面)
矢倉跡からの本丸跡との間の堀切(東斜面側)
矢倉跡からの本丸跡との間の
堀切(東斜面側)
本丸跡と矢倉跡の間の堀切内から見上げた本丸跡土塁
本丸跡と矢倉跡の間の堀切内から
見上げた本丸跡土塁
本丸跡と矢倉跡の間の堀切と東側斜面
本丸跡からの矢倉跡との間の
堀切と東側斜面
矢倉跡の曲輪内部(南側本丸跡方面) 本丸跡と矢倉跡との間の堀切
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矢倉跡の曲輪内部(南側本丸跡方面)
本丸跡側から見た矢倉跡の曲輪内部(北側尾根方面)
本丸跡側から見た矢倉跡の曲輪内部(北側尾根方面)
矢倉跡北東側の堀切(東斜面側)
矢倉跡北東側の堀切(東斜面側)
矢倉跡北東側の堀切(南方面)
矢倉跡北東側の堀切(南方面)
比津峠への遊歩道(尾根道)からの矢倉跡(南西方面)
比津峠への遊歩道(尾根道)からの
矢倉跡(南西方面)
矢倉跡北端からの比津峠への遊歩道(尾根道)
矢倉跡北端からの
比津峠への遊歩道(尾根道)
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◆お伊勢参り・北畠氏コース(伊勢本街道・近畿自然歩道)
 伊勢奥津駅から伊勢本街道(近畿自然歩道)を伊勢に向かい、飼坂峠をこえ、上多気で伊勢本街道と分かれ、
美杉ふるさと資料館へ。
北畠神社から詰城、鐘突堂跡、霧山城跡へと登り、矢倉跡、比津峠を経て県道を比津駅へ下ります。
お伊勢参りで大変にぎわった伊勢本街道、国司として伊勢を治めた北畠氏をしのぶコースです。
    [ 北畠氏館跡横の登城口にあった「美し郷霧山 霧山登城の道」の案内図 (75kB) ]
 ●交通機関:JR松阪駅 ⇒ JR名松線/伊勢奥津駅 ⇒ 徒歩 ⇒ JR名松線/比津駅 ⇒ JR松阪駅
 ●主要経過地:道標、常夜燈、町並み、資料館、北畠神社、霧山城跡、東平寺
 ●距離:10km
 ●時間:3時間30分
    ※ 津市観光協会のホームページ-美杉の休日 から抜粋

 霧山城跡                                      平成22年5月1日時点  
◇所在地 ・三重県津市美杉町下多気字上村
◇交通 ・JR名松線 伊勢竹原駅から市営バス丹生俣行きで40分、北畠神社前下車、
   北畠神社西側の山へ入る
・伊勢自動車道 勢和多気ICから国道368号線を西へ約15km、
   道の駅美杉を過ぎてすぐの上多気を右折して県道30号線に入り、
   約1km北上すると左手に北畠神社があり
・伊勢自動車道 久居ICから国道165号線、県道15号久居美杉線経由で50km
◇駐車場 ・美杉ふるさと資料館(北畠神社の約250m南)の無料駐車場を利用
・北畠神社か、JA三重中央やまゆりの無料駐車場を利用
◇問い合わせ ・美杉ふるさと資料館   TEL:059-275-0240
   営業時間:9:00〜17:00(入館は16:00まで)
   定休日 :月曜日(祝日のときは翌日)、12/28〜1/4
   資料館入館料:大人300円、小中学生150円
津市観光協会   TEL:059-246-9020

参考文献 ・現地の説明板

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