鶴ヶ岡城跡(別名:大宝寺城)

―― 三重に堀と土盛りをめぐらした平城 ――

中門跡に建つ大宝館(西北方面)
ダブルクリックで拡大図(70kB)へ
中門跡に建つ大宝館
(西北方面)
本丸中心部に位置する御殿跡に建つ荘内神社
ダブルクリックで拡大図(79kB)へ
本丸中心部に位置する
御殿跡に建つ荘内神社
 鶴ヶ岡城は、古くは大宝寺城と呼ばれ、鎌倉期以来戦国期まで庄内に君臨した武藤氏の居城であった。
 天文年間(1533年頃)兵火のため武藤氏は大山の尾浦城に居を移し、当城は枝城となった。

 天正15年(1587)武藤氏が滅び、庄内は越後の上杉氏次いで、関ヶ原の合戦後の慶長6年(1601)山形の最上義光の支配するところとなった。
 慶長8年(1603)大宝寺城は、義光の隠居城として修復され、鶴ヶ岡城と呼称する。

 元和8年(1622)最上氏が領地没収となり、その後信州松代より酒井忠勝が入国、庄内14万石(幕末17万石)の居城として整備拡充された。
 坂井氏は徳川幕府の譜代大名として明治4年(1871)まで約250年間庄内を治める。 戊辰戦争において新政府軍と戦い降伏。

大鳥居横にある二ノ丸大手門跡碑
大鳥居横にある
二ノ丸大手門跡碑
旧致道館入口からの木橋と表御門(西面)
ダブルクリックで拡大図(67kB)へ
旧致道館入口からの木橋と
表御門(西面)
 明治8年(1875)鶴ヶ岡城解体。本丸、二の丸が公園となり、本丸跡に荘内神社が建てられた。
 今では公園のお堀と土塁、お城稲荷の森に、僅かに当時の面影が偲ばれるにすぎない。

[ 鶴ヶ岡城 復元図 (117kB) へ ]

 本丸・二ノ丸が鶴岡公園となっています。本丸内堀や、その周りの二ノ丸には高さのある土塁と広い幅の二ノ丸外堀がしっかり残っています。

 城跡以外にも、三ノ丸の東側の藩校致道館(一部現存)をはじめ、大正天皇即位記念して創建されたバロック様式の大寶館(今は人物博物館)など見るところがたくさんあります。
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本丸
市役所側入口からの本丸東側内堀と南側内堀、中門跡に建つ大宝館(西北方面)
クリックで拡大図にいきます。 本丸南側内堀と本丸中ノ橋
クリックで拡大図(74kB)にいきます。 中門跡に建つ大宝館(西北方面)
クリックで拡大図(70kB)にいきます。 本丸東側内堀
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市役所側入口からの本丸東側内堀と南側内堀、中門跡に建つ大宝館(西北方面) (22kB)
本丸中門跡への中ノ橋跡碑 本丸南側内堀に架かる中ノ橋からの中門跡に建つ大宝館(南正面)
クリックで拡大図(66kB)にいきます。 大宝館そばに建つ中門跡碑
本丸中門跡への中ノ橋跡碑
 
本丸南側内堀に架かる中ノ橋からの
中門跡に建つ大宝館(南正面)
大宝館そばに建つ中門跡碑
 
中ノ橋からの本丸南側内堀(西方面) 二ノ丸からの本丸南側内堀と中ノ橋(西面)
中ノ橋からの本丸南側内堀(西方面) (16kB)
 
二ノ丸からの本丸南側内堀と
中ノ橋(西面)
本丸中心部に位置する御殿跡に建つ荘内神社(正面鳥居側)
クリックで拡大図(79kB)にいきます。 荘内神社内部 本丸中心部に位置する御殿跡に建つ荘内神社北門
クリックで拡大図(79kB)にいきます。
本丸中心部に位置する御殿跡に
建つ荘内神社(正面鳥居側)
荘内神社内部
 
本丸中心部に位置する
御殿跡に建つ荘内神社北門
本丸内側からの西側土塁(南・護国神社方面) 本丸内堀側からの西側土塁跡(南・護国神社方面) 本丸西側の内堀と二ノ丸(南方面)
本丸内側からの西側土塁
(南・護国神社方面)
本丸内堀側からの西側土塁跡
(南・護国神社方面)
本丸西側の内堀と二ノ丸
(南方面)
土塁と礎石らしきものが残る本丸北西隅櫓跡(北西方面) 本丸北西隅櫓跡土塁上部(南方面)
土塁と礎石らしきものが残る本丸北西隅櫓跡(北西方面) (21kB) 北西隅櫓跡土塁上部(南方面)
土塁と礎石らしきものが残る本丸北西隅櫓跡(南西方面)
クリックで拡大図(86kB)にいきます。 土塁上に建つ本丸北西隅櫓跡
土塁と礎石らしきものが残る本丸北西隅櫓跡(南西方面) (21kB) 土塁上に建つ本丸北西隅櫓跡
内北門跡そばからの本丸北側土塁(西方面) 北西隅櫓跡前からの本丸北側の内堀(東方面)
内北門跡そばからの本丸北側土塁(西方面) (24kB)
 
北西隅櫓跡前からの
本丸北側の内堀(東方面)
本丸内北門跡の建物 本丸内北門跡碑 二ノ丸北側からの本丸西側内堀(南方面)
本丸内北門跡の建物
 
本丸内北門跡碑
 
二ノ丸北側からの
本丸西側内堀(南方面)
二ノ丸からの本丸内堀と南西角の護国神社(北東方面)
クリックで拡大図(96kB)にいきます。 二ノ丸からの本丸南側の渡り櫓跡の石垣
二ノ丸からの本丸内堀と南西角の護国神社(北東方面) (17kB)
 
二ノ丸からの本丸南側の
渡り櫓跡の石垣
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二ノ丸
大鳥居横にある二ノ丸大手門跡碑 二ノ丸大手門跡に建つ大鳥居 二ノ丸大手門跡からの東方面の道路
大鳥居横にある
二ノ丸大手門跡碑
二ノ丸大手門跡に建つ
大鳥居
二ノ丸大手門跡からの
東方面の道路
二ノ丸大手門跡北側の土塁と外堀跡(北方面)
クリックで拡大図(94kB)にいきます。 二ノ丸東北隅外堀沿いに残る石垣(東面) 二ノ丸東北隅外堀沿いに残る石垣(東面)
二ノ丸大手門跡北側の
土塁と外堀跡(北方面)
二ノ丸東北隅外堀沿いに残る石垣(東面)
 
二ノ丸北東隅にある稲荷神社
クリックで拡大図(101kB)にいきます。 稲荷神社前からの二ノ丸内側の土塁(東北面)
二ノ丸北東隅にある稲荷神社 稲荷神社前からの二ノ丸内側の土塁(東北面) (19kB)
稲荷神社北側からの二ノ丸北東側外堀(西方面) 稲荷神社北側からの二ノ丸北東側外堀と外北門跡土橋(西方面)
クリックで拡大図(80kB)にいきます。 二ノ丸北側外堀側からの土塁下と外北門跡(西方面)
クリックで拡大図(94kB)にいきます。
稲荷神社北側からの
二ノ丸北東側外堀(西方面)
稲荷神社北側からの二ノ丸外堀と
外北門跡土橋(西方面)
二ノ丸北側外堀側からの
土塁下と外北門跡(西方面)
外北門跡前からの二ノ丸土塁と外堀(東方面)
外北門跡前からの二ノ丸土塁と外堀(東方面) (29kB)
二ノ丸外堀に架かる土橋からの外北門跡(南方面) 外北門跡前からの二ノ丸北西側外堀(西方面)
二ノ丸外堀に架かる土橋からの外北門跡(南方面) (22kB)
 
外北門跡前からの
二ノ丸北西側外堀(西方面)
外北門跡入口からの二ノ丸北広場(東方面)
クリックで拡大図(102kB)にいきます。 北西隅櫓跡前からの二ノ丸外北門跡と北広場(東北方面)
外北門跡入口からの
二ノ丸北広場(東方面)
北西隅櫓跡前からの二ノ丸外北門跡と北広場(東北方面) (22kB)
 
本丸北西隅櫓跡からの二ノ丸馬場跡(北西方面) 二ノ丸内からの馬場跡と北側土塁(西方面) 二ノ丸西側外堀と土塁(北方面)
本丸北西隅櫓跡からの
二ノ丸馬場跡(北西方面)
二ノ丸内からの馬場跡と
北側土塁(西方面)
二ノ丸西側外堀と土塁
(北方面)
二ノ丸西側外堀(南方面)
二ノ丸西側外堀(南方面) (28kB)
二ノ丸西側の土塁上の道(南方面) メーデ集会で賑わう二ノ丸西側の疎林広場(北方面)
二ノ丸西側の土塁上の道
(南方面)
メーデ集会で賑わう二ノ丸西側の
疎林広場(北方面)
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国指定史跡 庄内藩校致道館
 致道館は、9代藩主酒井忠徳(ただあり)が退廃した士風を刷新して藩政の振興を図るために文化2年(1805)に創設した学校です。
 当初は現在の鶴岡駅前通りにありましたが、政教一致の趣旨から文化13年(1816)10代藩主忠器(ただかた)によって鶴ヶ岡城三の丸内に位置する現在地に移されました。約1万5千平方メートルの広大な敷地には、現存する建物のほかに神庫や養老堂、句読所をはじめ舎生の寄宿する本舎などの学舎が建てられ、武術稽古所、さらには矢場や馬場までありました。
 明治6年(1873)の廃校に至るまでのおおよそ70年間、致道館は荻生徂徠の学風を伝承し、且つ孝悌忠信を重んじて武士道を体得し、互いに切磋琢磨して多くの人材を輩出しました。
 その後、時代とともに鶴岡県庁舎、鶴岡警察署、朝陽学校などへの変遷を経て、昭和26年(1951)に国の史跡に指定され、昭和47年(1972)から一般公開しています。

国指定史跡 旧致道館の現存建物と主な遺構(52kB)
入口前の通りにある旧致道館石碑 旧致道館入口からの木橋と表御門(西面)
クリックで拡大図(67kB)にいきます。 講堂からの聖廟(南東面)
入口前の通りにある
旧致道館石碑
旧致道館入口からの
木橋と表御門(西面)
講堂からの聖廟
(南東面)
御入りの間の縁側からの廟門と聖廟(南正面)
クリックで拡大図(71kB)にいきます。 孔子と顔淵の聖画を祀る聖廟側からの廟門(北面)
クリックで拡大図(73kB)にいきます。 孔子と顔淵の聖画を祀る聖廟(南東面)
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御入りの間の縁側からの
廟門と聖廟(南正面)
孔子と顔淵の聖画を祀る
聖廟側からの廟門(北面)
孔子と顔淵の聖画を祀る
聖廟(南東面)
講堂に入った正面に掲げてある致道館の銘板 三重畳敷きの講堂内部 藩主昇校の際の御入りの間
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講堂に入った正面に掲げてある
致道館の銘板
三重畳敷きの講堂内部
 
藩主昇校の際の
御入りの間
御入りの間の聖廟側の廊下(東方面) 御入りの間の聖廟側の畳式の控の間(東方面) 藩主昇校の間からの御入りの間(東方面)
御入りの間の
聖廟側の廊下(東方面)
御入りの間の聖廟側の
畳式の控の間(東方面)
藩主昇校の間からの
御入りの間(東方面)
講堂内に展示されている古文書の棚 御入りの間の外西端からの講堂(東方面) 講堂からの本舎跡の礎石群(東方面)
>講堂内に展示されている
古文書の棚
御入りの間の外西端からの
講堂(東方面)
講堂からの本舎跡の
礎石群(東方面)
生徒の通用門だった東御門(北東側)
クリックで拡大図(67kB)にいきます。 市役所側からの旧致道館の西御門と聖廟(北側) 西御門 
クリックで拡大図(99kB)にいきます。 聖廟 
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生徒の通用門だった
東御門(北東側)
市役所側からの旧致道館の西御門と聖廟(北側) (18kB)
 
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 鶴岡公園(鶴ヶ岡城跡)                           平成21年4月29日時点  
◇所在地 ・山形県鶴岡市馬場町
◇交通 ・JR羽越本線鶴岡駅から、徒歩約30分
・JR鶴岡駅前から湯野浜温泉方面バス10分、市役所前下車徒歩2分
・山形自動車道鶴岡IC〜国道7号線を約700m北上〜2つめの信号を右折〜
 〜県道47号線を約3km直進すると左に公園あり
◇駐車場 ・道路を挟んで向かいの市役所か市民プールの駐車場を利用
◇問い合わせ ・鶴岡市観光物産課     TEL:0235-25-2111(代)
山形県鶴岡市観光連盟  TEL:0235-25-2111(代)

 国指定史跡 庄内藩校致道館                  平成21年4月29日時点  
◇所在地 ・山形県鶴岡市馬場町11-45
◇開館時間・9:00〜16:30
◇休館日・毎週月曜日、12月29日〜1月3日
◇入館料・無料(ただし、記帳要)
◇問い合わせ ・史跡旧致道館 管理事務室       TEL:0235-23-4672

参考文献 ・現地解説板、現地入手のパンフレット

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