丸亀城(別名・亀山城、蓬莱城)

―― 天守と共に残る四段の見事な石垣のある西讃岐押えの城 ――

市役所前通りからの丸亀城天守と大手二の門(高麗門)
クリックで拡大図へ(38kb) 本丸中央(南西方面)からの丸亀城天守
クリックで拡大図へ(34kb)  丸亀城は、安土桃山時代の慶長2年(1597)に生駒親正が丸亀平野の海抜66メートルの亀山を中心に、その山すその平地に外堀と内堀を巡らせてに築いた平山城であり、亀山城または蓬莱城ともいわれた。
 豊臣秀吉に信任された親正は、天正十五年(1587)に讃岐一国を与えられ、播州赤穂から十七万三千石の領主として入封し、高松城を築き、本城としていたが、老齢に達したので、東讃岐を隠居領にあて、西讃岐を嫡男の一正に譲り、丸亀城を建て城主とした。
 城は慶長2年(1597)から築城に掛かり、同7年(1602)に完成した。

 慶長5年(1600)に関ケ原の合戦が起こったが、父の親正は西軍の石田三成方、子の一正は東軍の徳川家康方と父子が東西に分かれた。戦後、勝者の一正は讃岐一国を与えられて高松城を居城とし、親正は高野山に閉居した。

市役所前通りからの丸亀城天守と大手一の門(太鼓門)
クリックで拡大図へ(57kb) 本丸隅櫓跡(西方面)からの丸亀城天守
クリックで拡大図へ(34kb)  丸亀城には城番が置かれたが、元和元年(1615)の一国一城令によって廃城と決定したが、領主正俊は、建物を破棄せずに要所要所に樹木を植えて隠し、後日に備えた。
 生駒氏は四代高俊の時、家中騒動が起こり、除封となった。

 この後肥前国天草郡豊岡城主から寛永18年(1641)に西讃岐に入封した山崎家治は翌年から丸亀城を再建することとし、山上の曲輪の縄張りを新たにし、石垣が修築された。現代の城郭はほぼこの時代のものである。
 城は翌年から三十年余りを費やして現在見られる城の規模を造りあげた。
 現存する三重三階の天守はこのとき築造されたもので、初層に石落しの張出しをもち、屋根に唐破風と千鳥破風をかけており、小規模ながら城下から見上げると堂々としている。
 そんな山崎氏も三代にして無嗣除封となり、万治元年(1658)播州(兵庫県)龍野から京極高和が六万石で転封し、その後は代々京極氏の居城となって、明治維新まで続いた。
 京極氏の寛文10年(1670)には北の大手門櫓と西曲輪の御殿が新しく造営された。

内堀に架け渡された石橋と丸亀城大手一の門
クリックで拡大図へ(36kb) 三の丸への上り口での扇勾配の丸亀城石垣
クリックで拡大図へ(44kb)  丸亀城のみどころは何といっても石垣の美しさである。内堀から天守閣に向けて四段階に積み重ねた石垣は、”扇の勾配”とも清正流”三日月勾配”とも呼ばれ、下の方は緩やかに組み、頂きに至っては垂直となる独特の反りをもたせてあり、天に向かって弧を描いて反り返る様は見事である。

 また、外堀(内部を外郭という)は東西がおよそ六町(約650m)南北八町(約870m)、内堀(内部を内郭)は東西四町(約430m)南北三町(約320m)の規模からなり、外郭にはかって藩士たちの住宅がありました。
 内郭は、大手門から入って山上にある本丸まで、螺旋式に登る構造で、本丸の北面に天守閣を配し、その東側一段低いところに二の丸が、更に一段下がったところに三の丸があります。
大手二の門から見た桝形と大手一の門(太鼓門)
クリックで拡大図へ(39kb)  この三の丸は、本丸と二の丸をすっぽりと取り巻く格好の腰曲輪によって、防衛をより強固なものにしたといわれています。

御殿表門前から大手一の門との間の土塀と三の丸への登り道
クリックで拡大図へ(42kb)  堀の正面出入口には、敵を追いつめるために討って出た追手門(大手口)があり、内堀に架け渡された石橋を渡ると、大手二の門である高麗門があります。これは、表門にふさわしく、石垣に使用されている石は大きく、しかもノミの跡も美しく仕上げています。
 この門を入ると周りを石垣で囲んだ桝形があり、桝形の広場の西に大手一の門である櫓門が厳重な守りを固めています。この門は、櫓門に太鼓が置かれて刻を知らせたところから”太鼓門”の名で親しまれています。
 大手桝形の北側の一辺は、二の門を中心に東西を土塀によって仕切っており、土塀の腰羽目には東側に二ヶ所、西側に三ヶ所の狭間があります。現存する丸亀城建物では、天守閣と大手門の土塀にのみ狭間の遺構が残っており、特に大手門の狭間は、切り石を六段に積んだ武者走りも備えた立派なものです。

御殿跡方面からみた見た丸亀城御殿表門
クリックで拡大図へ(37kb) 大手一の門からの丸亀城御殿表門(玄関先御門)
クリックで拡大図へ(37kb)  明治二年(1869)の大火で、天守と一・二の門以外は何も残っていないが、小山を利用した城山に螺旋式に幾重にも築かれた石垣の総高は日本一で、城下から見るとことのほか美しい

 初回は、丸亀城そのものは、入場できませんでしたが、今回入城し、その内部は急な梯子など現存天守とし実感しました。
 各隅櫓跡や石垣からの周りは見晴らしよく、特に讃岐富士?がすっきりと見え、良かったです。



四段階に積み重ねた石垣の上にそびえる丸亀城天守閣
クリックで拡大図へ(22kb) 本丸隅櫓跡(南方面)からの丸亀城天守閣
クリックで拡大図へ(38kb) 丸亀城天守閣内部(二階)
クリックで拡大図へ(34kb) 丸亀城天守閣内部(最上階)
クリックで拡大図へ(42kb)
四段階に積み重ねた石垣の上に
そびえる丸亀城天守閣
本丸隅櫓跡(南方面)からの
丸亀城天守閣
丸亀城天守閣内部
(二階)
丸亀城天守閣内部
(最上階)

 丸亀城天守閣                      平成12年8月8日時点  
◇交通・JR丸亀駅より通町商店街のアーケードを歩いて約徒歩15分
・JR丸亀駅よりタクシー5分
・JR丸亀駅よりバス通町下車、徒歩約5分
◇開館時間午前9時〜午後4時まで (入城は午後4時まで)
◇休館日12月25日〜翌2月末まで
◇入場料大人 100円、小人 50円

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