天守閣櫓、門郭、石垣、土塁、堀のあるお城の紹介
(kみむの行ったお城のみ)
〜100番までの一覧へ
〜100番まで
      現 存 天 守 閣
現存する天守閣は、北から順に以下の12天守のみです。
 弘前城(青森県)、丸岡城(福井県)、松本城(長野県)、犬山城(愛知県)、彦根城(滋賀県)、姫路城(兵庫県)、松江城(島根県)、備中松山城(岡山県)、丸亀城(香川県)、伊予松山城(愛媛県)、宇和島城(愛媛県)、高知城(高知県)。
 このうち、姫路城、彦根城、松本城、犬山城の4城が国宝に指定。 
300〜201番までの一覧へ
300〜201番まで

項番
(訪問順)
城名
(別称)
所在地
天守の種別、
その他の遺構
創築年(西暦)
由来、エピソードなど 訪れた日
(最新順)
丸岡城
 (霞ヶ城)
  越前(福井)
 (戦前は国宝)
現存、不明門の一部・石垣
 (1576)
丸岡城へ 天正4年(1576年)に、柴田勝豊が築城した平山城で、外観は二層、内部は三階の望楼型天守閣は、日本最古を誇っています。
日本一古い現存の天守閣としての風格は最高です。 階段は手すりなしで急峻です。
天守閣は、昭和23年(1948)の福井大震災で一度崩壊しましたが、昭和30年(1955)に修復再建しました。
2007.8.13
2005.4.10
2000.8.11
1999.8.13
1986.8.15
1973.4.3
生れ故郷
200 深谷城址
 (木瓜城)
  武蔵(埼玉)
外濠跡、模擬石垣・城壁
 (1456)
深谷城址へ 深谷城は、現在城址公園として整備され、公園入口に深谷城の縄張り図のある案内板がありますが、この縄張り図と今の城址公園はあまりにもかけ離れています。
城跡には、石垣と城壁があるが、これは公園として整備された時に造られた模擬建築で、本来の深谷城の遺構は、城の周辺が完全に市街地化していて何も残っていません。
ただ、公園の隣にある富士浅間神社(智形神社)社殿を巡る水路と池に僅かに面影を残しているだけです。
2005.9.10
199 旭城
 (新居城)
  尾張(愛知)
模擬天守、土塁
 (1460年頃)
旭城へ 城跡はテニスコートや、スカイワード???(タワーと天体望遠鏡)などがあり、城山公園にはなっていますが、立派な土塁が残っています。
模擬天守は、1F軽食堂で、2F会議室、3F無料休憩所兼展望台ですが、2F以上は、16:00以降には閉められて登れません。
2005.9.3
198 小牧山城址
  尾張(愛知)
模擬天守、土塁・曲輪
 (1560)
小牧山城址へ 小牧山麓の城跡は現在小牧山緑地、城址公園として整備され、随所に削平地や復元された空堀、土塁、旧虎口跡等などがあり、その搦め手から七曲りの登城口を登ると山頂に展望台がわりの模擬天守があります。中からの展望もよいのですが、小牧山市街地からの展望台遠望もよいです。 2005.9.3
197 小口城址
 (箭筈城)
  尾張(愛知)
模擬櫓、内堀・井戸
 (1459)
大口城址へ 小口城は、発掘調査後に城址公園としてよく整備され、物見櫓や門・橋・内堀(空堀)が造られています。物見櫓の最上階からの門や橋の眺めは結構いいです。 2005.9.3
196 神岡城
 (東町城)
  飛騨(岐阜)
模擬天守、石塁・堀
 (1564)
神岡城へ 鉱山の町神岡を貫く高原川の河岸段丘を利用した神岡城の二層模擬天守は、高原川から見上げると大きく見えます。現在の城は、本丸を二重の空堀が囲んで、全て模擬だそうですが、城壁と城門が建てられていました。
訪れた8/14はお盆で、早朝から盆踊りの準備を皆さんしていました。
2005.8.14
195 増島城跡
  飛騨(岐阜)
本丸櫓石垣、堀・移築城門
 (1589)
増島城址へ JR高山本線飛騨古川駅から南東へ約300mの古川小学校の隣に一部水掘に囲まれた石垣があります。すぐ近くの円光寺の山門と林昌寺の山門は移築城門だそうですが、事前調査不足で見損ねました。 2005.8.14
194 小原市場城址
 (大草城)
  三河(愛知)
曲輪、土塁・石垣・堀切
 (1502)
小原市場城址へ 本城小学校の看板がある細い坂道を不安になりながら登ると峠に至り、その峠の右には立派な駐車場と案内板がありました。
主郭には近世城郭跡をうかがわせる立派な石垣があり、主郭から順路西への桝形門跡もありましたが、その前の畝状堅堀群は、城址全体が春先に一度草刈をした跡がありましたが、その後あまり手入れしておらず、草やクモの巣が一杯で見ることが出来ませんでした。しかも「マムシに注意」の看板が至る所にあり・・・。
2005.8.13
193 挙母城址
 (七州城)
  三河(愛知)
復興隅櫓、土塁
 (1782)
挙母城址へ 城跡は、城址公園というよりも水とガラスの殿堂ともいうか豊田市美術館を中心とした文化施設の片隅に、復興隅櫓があるという感じです。でも寺部領主渡辺家の城内に在った書院と茶席を移築復元した又日亭の裏山のこんもりした土塁はなんでしょうか。天守台跡でしょうか・・・。 2005.8.13
192 佐久良城址
 (桜城)
  三河(愛知)
隅櫓台
 (1749)
佐久良城址へ 豊田市街地のど真ん中、NTTの北側の桜城址公園の一角に残るのが佐久良城の隅櫓台の石垣ですが、とても立派で堂々としています。 2005.8.13
191 丸根城址
 (牛野城)
  三河(愛知)
堀、曲輪・土塁
 (16世紀)
丸根城址へ 丸根城址公園に近づくと一見してこれが城址の空掘と土塁だとばかりに目に入ってきます。
公園の前にただ砂利がひいてある一見近所の民家用の有料駐車場のようなところに車を停めて、歩くと公園入り口から北曲輪と主郭があり、その間には深さ約5m位の立派な空堀があります。よく整備され、残っています。
でも、草ぼうぼうの主郭や空堀にあじさいが植えてあり、遊歩道が設けられているのはちょっとねという気もしないでは・・・。
2005.8.13
190 足助城址
 (真弓山城)
  三河(愛知)
復元櫓、曲輪・空堀、井戸
 (15〜16世紀)
足助城址へ 足助城は、町制100周年記念事業として本格的にスタートした山城整備で、発掘調査に基づき平成5年(1993)5月に復興されたものだそうです。(本丸にいた廻りの整備等をしていた叔父さんの伝では、故郷創生事業を使って、日本で最初に復元をした城だと自慢していました。)
駐車場や、城の案内板などもよく整備されていました。
2005.8.13
189 田峯城址
  三河(愛知)
復元御殿・櫓・城門、曲輪・堀
 (1470)
田峯城址へ 国道257号線から、田峯(だみね)城への案内に従って細い道を入っていくと(その後、旧作手街道の道標があちこちにありました)、やがて田峯観音を過ぎると、田峯城入り口とその駐車場へたどり着きます。
復元された御殿や櫓、城門については、中の受付の叔父さんが親切に城の歴史や地元の伝統芸能などについて、親切に説明をしてくれましたが、真下の豊川(寒狭川)とそのそばを走る国道257号線の見通しのよさは抜群です。
2005.8.13
188 長篠城址
 (末広、扇城)
  三河(愛知)
曲輪、土塁・堀
 (1508)
長篠城址へ 城跡は史跡公園としてよく整備されて、帯曲輪の駐車場そばには長篠合戦の資料が展示されている史跡保存館もあります。
駐車場からすぐ見える空堀は圧巻です。またJR飯田線を挟んで見える野牛曲輪などや、すぐ下に見える滝など散策するのにも案内板も多数あり、良いところです。
2005.8.13
187 新城城址
  三河(愛知)
空堀、土塁・復元門
 (1576)
新城城址へ 新城小学校の正門に復元された門があり、そこから小学校のグランドをつききって(平日はグランドフェンス沿いに時計回りで行ったほうがよいかも)約5分で小学校グランド端に、新城城址碑と土塁、空掘跡があります。その横には閉鎖中の資料館もあります。 2005.8.13
186 野田城址
  三河(愛知)
曲輪、土塁・空堀
 (1505)
野田城址へ 二の丸と本丸の間の空堀と土橋がしっかり残っていてすばらしいです。二の丸から苔むした散策道が本丸へと、中には井戸跡もあり、さらに下の侍屋敷跡方面(現在の集落)まで続いています。本丸、二の丸、三の丸の形態が残っていますが、ほとんど雑木林化していて、薮蚊が多いのには参りました。 2005.8.13
185 田原城
 (巴江城)
  三河(愛知)
櫓、門・石垣・堀・曲輪
 (1495)
田原城へ 早朝の田原城でしたが、かえって櫓門と三の丸城壁が水堀に映り、小さいながらも風情がありました。また、整理されたとはいえ、本丸と二の丸の間の空堀は深いです。でもここも本丸、三の丸に神社がどーんと座っています。仕方がないのでしょうかね。 2005.8.13
184 津和野城跡
 (三本松城)
  石見(島根)
石塁、曲輪
 (1295)
津和野城址へ JR津和野駅着到が午後5時前で、駅前の案内所で津和野城跡へのロープーウェイはと聞くと、5時までだからもう間に合わないと、次の日の割引券を勧められる状態でした。
仕方なく夕暮れになるのを気にしながら、城跡山頂まで約1kmの山道を、途中城跡石垣補修工事からの帰りの叔父さんに歩いて上がってきたのと感心されながら、約20分頑張って歩いて登りましたが、本丸石垣や天守台を見るときてよかったとの思いでした・・・が。
天守台からさらに上の太鼓丸や三十間台からの眺め最高です。あれー何処かで見たような景色では・・・。そうだ但馬・竹田城に似ていると思いました。津和野城も石垣のある立派な山城の一つです。
2005.7.30
183 益田七尾城跡
  石見(島根)
大手門、曲輪・空堀
 (1193)
益田・七尾城址へ 城から移築された大手門のある医光寺に着くと、受付の元美人のおばさんが内部を案内、説明していただけただけでなく、スコールのようなにわか雨があり、雨の中の雪舟庭園は風情があってよかったです。
山頂の本丸は結構広く、城下の見晴らしもよかったです。でも本丸等の曲輪跡にツツジやサツキをやたら植えているのは、いまいちですね。草取りなど手入れが大変なのは分かるのですが・・・。
2005.7.30
182 萩城址
 (指月城)
  長門(山口)
天守台、曲輪・石塁・堀・長屋
 (1604)
萩城址へ 雨上がりの道をJR玉江駅より常盤大橋を渡り、指月山を望みながら萩城祉に向いました。
途中萩八景遊覧船が行き来する堀内運河の横を歩いていき、船着場手前の橋を渡り大きな石垣のある東門跡を入るとすぐに、内濠に囲まれた萩城の天守台が現れます。決して大きくはないのですがその威風堂々たる石垣などには感動です。
他にも指月山山頂の詰丸の埋め門や日本海に面して築かれた石垣や二の丸土塀などすばらしいものが一杯です。時間があれば、萩城下町や明治維新の志士の旧宅をめぐるのもよいです。
2005.7.30
181 武節城址
 (地伏城)
  美濃(岐阜)
郭、土塁・堀切
 (永正年間:1503〜1521)
武部城址へ 東美濃の城めぐりをして帰りの道の駅「いなぶ」に駐車して、ふと見上げると帰り道のトンネルの上の山に”武節城址”なる大きな看板が目に付き、一休みして登城しました。
トンネルの上が城跡で、三の丸跡、二の丸を過ぎ、本丸には駐車場もありましたが、歩いても僅かでした。期待していなかった分、一段上がったところが櫓台、その先に深い空堀などがあり外郭跡などは急坂を登ってその高さがすごいです。
2005.5.3
180 苗木城址
 (赤壁、高森城)
  美濃(岐阜)
石垣・櫓台、曲輪・空堀・土塁
 (建武年中:1334〜35)
苗木城址へ 日本三大山城の岩村城とはまた違った巨石群を巧みに組み合わせた魅力のある山城で、私個人としては苗木城の方が好きです。石垣の芸術品のような大矢倉跡はどこの天守台跡よりも立派ですし、整然と礎石群の残る二の丸跡や、各所に残るすごい巨石群など、要所に建てられた門と櫓の再現図をみながら、其の地で想像しても、当時の城は頑健にして勇壮であったと思われます。
標高721メートルと日本一の高さにある天守跡のすぐ下の大きな岩「馬洗岩」や南側の断崖下の木曽川の眺めは素晴らしいです。
2005.5.3
179 岩村城址
 (霧ヶ城)
  美濃(岐阜)
石垣、復興櫓・城門
 (1185)
岩村城址へ 大手口の入口に立つと、藤坂と呼ばれるまっすぐにのびた石畳が出迎えてくれます。 そして、一の門跡、土岐門跡を通り、畳橋、三重櫓八幡曲輪、やがて二の丸、本丸へとつづきます。二の丸、本丸と楽しんだあと、でっかい看板の横にでっかいスピーカーが、織田信長のおばである通称「女城主」のお城が・・・と説明をしていました。
私は事前の情報収集不足で行かなかったのですが、岩村城では、城跡とセットで麓の城下の街並みと、藩主邸跡にある復元太鼓櫓と歴史資料館を見物されるべきでしょう。残念!!
2005.5.3
178 高根城址
 (久頭合城)
  遠江(静岡)
模擬櫓、郭・土塁・堀切
 (1414)
高根城址へ 天竜川の支流水窪川に沿って走る信州街道を北上、水窪(みさくぼ)町に入ると、右手の山頂に高根城の模擬櫓が見えた。不安な気持ちで細い道を上り下りすると専用の駐車場(約20台駐車可)があり、そこに駐車して、登山道を歩くと15分ぐらいで山頂の主曲輪に着いた。
標高420メートルの三角山先端部分からの町を見下ろすのは、実に気持ちの良いものがありました。
2005.5.3
177 北の庄城址
  越前(福井)
石垣
 (1575)
北の庄城址へ 北の庄城は、ちょっと遠回りになりますが僅かですので、福井城址に行く前に立ち寄ると良いです。JR福井駅から足羽川に向った柴田神社境内に、発掘・調査された後の石垣と石橋のごく一部、勝家公とお市の方の像とわずかの発掘物と復元井戸が展示保存されています。 2005.4.10
176 小松城址
 (芦、浮城)
  加賀(石川)
天守台、堀・城門(移築)
 (1576)
小松城址へ 小松高校が本丸・二の丸跡になり、グラウンド西側にある天守台のみが遺跡らしい遺跡です。その高さのある天守台は直線的な勾配が印象的です。荒々しい石段を登ると広い天守台跡に大きな松が数本生えています。
桜の名所ともなっている芦城公園は、三の丸跡で、前田利常の銅像が建っています。
2005.4.10
175 七尾城址
 (松尾城)
  能登(石川)
石垣、土塁・堀
 (1428)
七尾城址へ JR七尾駅から循環バス「まりん号」に乗り、「七尾市デイサービスセンサー城山の里」で降りれば、七尾城史料館はすぐですが、そこから歩いて一時間はかかるこんな山奥のこんな高いところにこんな壮大な城を築くとは・・・。やはり、行きはタクシーが正解ですね。
ただ、中世の山城の山頂を石垣で覆ったような城の造りは迫力があり、立派としか言いようがありません。
2005.4.9
64 金沢城
 (尾山城)
  加賀(石川)
石川門・三十間長屋、櫓・石垣・堀
 (1596)
金沢城へ 前回訪れた時は、菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓を復元工事中でしたが、今回は完成後の各櫓の外観、内部を観て堪能しました。特にその釘を使わずに組み上げる木の合わせ技の凄さをモニター等で観て感動しました。
日本三大名園の兼六園も訪れたら如何でしょう。(昔:約20年以上前は入城無料でしたが・・・今は300円です。でも安いほうですか。)
また、帰り道のあの有名な近江町市場で、おいしい海産品を食べて、買って帰るのも良いですね
なお、金沢市内の観光には、金沢周遊バス一日フリー乗車券が便利です。地元のおばさんも利用していましたが・・・。
2005.4.9
2000.8.14
107 波多野城址
  相模(神奈川)
土塁、空堀
 (鎌倉時代)
波多野城址へ 波多野城址は秦野市寺山の東中学校の敷地より低地にあり、田んぼ挟んだ西隣りであり、空掘りと言うより、昔の川跡のような長い溝の上に、現在は畑となっている岡のように見えるはっきり言って単なる『土手』のような所が城址でした。
川下側に竹やぶがありその上が柵で一部囲われ、碑と案内板があります。
帰りに近くの鎌倉三代将軍だった源実朝の首塚に廻ってみると、公暁に持ち去られたといわれた首を武常晴がこの地に、葬ったとあります。
2004.10.2
2002.6.2
174 長岡城址
 (浮島、兜、芋引城)
  越後(新潟)
模擬天守、城址碑
 (1616)
長岡城址へ 長岡駅前ロータリーに本丸跡、駅前の交差点を渡り市役所の脇の稲荷神社横に二の丸碑がありますが、それ以外は戦後の区画整理で長岡城址は完全に市街地の中に埋没しました。残念ですね。
市郊外の悠々山に歴史博物館として建てられた三重の模擬天守がありますが、でもどこまで昔の面影を残しているのでしょうか・・・。
2004.9.4
65 新発田城
 (菖蒲城、浮舟城、狐尾曳ノ城)
  越後(新潟)
三階櫓、大手門・隅櫓・石塁・堀
 (1598)
新発田城へ 復興再建のなった三階櫓と二の丸辰巳櫓を見学しました。残念ながら、国と自衛隊との契約で三階櫓の中は見学できませんが、それでも本丸表門二階櫓や辰巳櫓の中にある臨時のパネルで中を観ることができました。
新発田市内には、城以外に長屋跡や庭園など観るものが多いので、次はゆっくりと時間をかけて見て歩きたいものです。
2004.9.4
2000.8.14
173 村上城跡
 (舞鶴、本庄城)
  越後(新潟)
曲輪、天守台・石垣
 (1598)
村上城跡へ ムーンライトえちご、快速を乗り継いで、早朝6時過ぎに村上について、人も歩いていない駅前から小高い丘城の村上城跡へと歩いていきましたが、途中にXX門跡などの案内がたくさんあり、旧街道の町並みに寺町や加治屋町など城下町の風情が色濃く残っていました。
また、しっかりとした石垣も残る天守台跡のある本丸から観る日本海に注ぐ三面川沿いの村上市街地の展望は最高です。
2004.9.4
彦根城
 (金亀城)
  近江(滋賀)
現存、櫓・門・石垣・堀
 (1604)
彦根城へ 白壁の櫓や天守閣、お堀の全景は、井伊直弼が出てくるNHKの大河ドラマなどでお馴染み。天守閣の中も歴史を感じさせる落ち着きがあり。
西の丸三重櫓から山崎郭、黒門方面は人手も少なく、彼女とゆっくり散策も。
時間があれば、ハスの花の咲く内堀や中堀の周辺を一周するのも、何か新たな発見があってよいですよ。特に中堀の際まで立ち並ぶ新築の民家には、話には聞いていましたが、他にはない驚きがあります。
2004.8.28
1998.8.16
1971.5.
172 河原城
 (若鮎城)
  因幡(鳥取)
模擬天守、土塁
 (1580)
河原城へ お城山展望台(河原城)は、ふるさとづくり一億円事業「自ら考え自ら行う地域づくり」により広く町民に提案募集の結果決定し、河原町のシンボルとして建築されたものだそうで、昔豊臣秀吉の鳥取城攻めで印旛地方にやってきた際に陣を張った山に建てられたものだそうです。史実とは関係ない城ですが、あきれたお城に数えたら失礼になるかもしれませんね。 2004.8.11
171 若桜城跡
 (鬼ヶ城、若佐城)
  因幡(鳥取)
天守台、石垣・空堀・土塁
 (1200)
若桜城跡へ 鶴尾山山頂に築かれた総石垣づくりはすばらしいものです。特に主郭部の最高所の本の丸の天守台跡は立派です。天守台からの下界の見晴らしのよさと言ったら、なんともいえません。
それにしても、これだけの石を山頂まで持ち上げたのでしょうか。
2004.8.11
170 鳥取城跡
 (久松城)
  因幡(鳥取)
天守台、門・曲輪・石垣・堀・井戸跡
 (1545)
鳥取城跡へ やはり、早朝朝駆けの鳥取城でした。麓の二の丸の公園や三の丸の高校では朝のラジオ体操をたくさんの人たちが行っていました。
それにしても、山頂まで、壮大な石垣群のすばらしさと山頂の本丸からの鳥取市内は勿論、鳥取砂丘や日本海まで見渡せる見晴らしの良さは最高です。
2004.8.11
169 防己尾城跡
  因幡(鳥取)
曲輪、土塁・堀切
 (天正年間)
防己尾城跡へ 防己尾城は、湖山池西岸の半島の上に築かれ、二俣に分かれた西側の半島に本の丸、二の丸を、東側の半島に三の丸を置いて、湖山池公園としてよく整備されています。 2004.8.10
168 鹿野城跡
 (王舎、志加奴、鹿奴城)
  因幡(鳥取)
曲輪、土塁・石垣・堀 鹿野城跡へ 山頂の天守曲輪には礎石を含め天守台が残り、しかも麓山下の本の丸・中学校の周りの二の丸には満々と水をたたえた堀に囲まれ、お城を感じられる鹿野でした。
でも、堀の手入れも大変そうで、その日も一人町の職員のおじさんらしい人が、堀の水面の藻取りを行っていました。
2004.8.10
167 羽衣石城跡
  因幡(鳥取)
模擬天守、曲輪・土塁・石垣・堀切・井戸
 (1366)
羽衣石城跡へ 「ふるさと創生」の1億円で整備された麓の曲輪跡の駐車場から2つの登山道、主郭部の物見櫓風展望台、本の丸の模擬天守まで山城としては、すばらしい整備のされ方ですが、登る途中所々に石垣や曲輪跡も残り、結構きついものがありましたがよかったです。
特に、八幡神社経由の登り口が厳しいのですが、途中の羽衣の石の巨岩は見物です。
2004.8.10
166 打伏山城跡
  伯耆(鳥取)
曲輪、石垣・升形・竪堀
 (14世紀中頃:延文年間)
打伏山城跡へ 登城口を捜して中国自然遊歩道沿いをウロウロすると、野球場、整備されずに誰も遊べなくなった子供アスレチックの横の山道を1.2kmを一気に登ると、山頂部主郭部本の丸にたどり着きました。
(本来は遊歩道沿いに、展望台を通り山頂本の丸へ登るのが順路みたいでしたが)
本の丸は結構広いのですが、城跡碑の刻印が外側に向いてあるばかりで、他には何もなく、手入れもあまりされていませんでしたが、これもまた良いのでしょう。
帰りは、昔の城下町の風情を積極的に残している倉吉の白壁土蔵の町並みにある『赤瓦』七つの蔵巡りをしながら散策するのも良いですよ。
2004.8.10
165 田内城跡
  伯耆(鳥取)
模擬天守、堀切・空堀・土塁
 (14世紀中頃:興国年間)
田内城跡へ 本来の登城口は、右側集落を通り、墓地入り口近くからの道が山頂への主郭への道筋ですが、オムロン倉吉の正門横の小道から観光用に作った遊歩道(といっても単なる山頂への土手道に近いですが)を登ると、すぐにこれまた観光用に造った二層二階の模擬天守のある主郭にでます。
模擬天守は土祝日に地元の地区の方が開けているとの説明板がありました。訪城日は平日の水曜日で当然、閉まっていました。残念・・・。
2004.8.10
164 米子城跡
 (久米、湊山金城)
  伯耆(鳥取)
天守台、石垣・曲輪・門
 (1591)
米子城跡へ いつもながら早朝の山城登城です。米子城は3つの城からなる城だったそうですが、麓からは、木々が生茂り、天守台の石垣はじめ先端部が見える程度です。
でも、湊山にかって二基の天守があった本の丸や、丸山に築かれた内膳丸の石垣群は、すばらしいです。残念ながら国道9号線をはさんで反対の飯山の出丸には時間の関係で行けませんでした。
登城後は、急いでホテルへ戻り、シャワー一浴び、朝食をかきこんで、大山登山へ出発と、まさに朝飯前の一ッ駆けでした。
2004.8.9
163 江尾城跡
  伯耆(鳥取)
模擬天守、曲輪・石垣・空堀
 (15世紀末・文明年間)
江尾城跡へ 江尾駅から見上げた舌状の台地の先端部上の八幡丸に二層三階の模擬天守(歴史民族資料館)がありますが、内部見学は事前申込み要でした。
模擬天守の裏側をの石段や、手前の土手道を登ると、本の丸と八幡丸を分ける堀切に出ますが、そこからさらに土手を登ると、本の丸には水田があります。
本の丸東側の虎口と思われる数段の石垣が残っていますが、その先奥の台地と切り離すように掘られた深さ10m位の空堀があるのに、どうやって水が流れてくるのやらと不思議なります。
2004.8.8
162 富田城跡
 (月山、月山富田城)
  出雲(島根)
曲輪、石垣・土塁・堀切 月山富田城跡へ 山麓から山腹にかけての遺構と山頂部の遺構ととにかく凄いです。さすが難航不落といわれた尼子氏の本城ですは戦国時代の屈指の要害です。
山腹の大手門とその両脇に石垣に始まり、そして西側の大石垣、山中御殿の両口の虎口、櫓台など遺構が一杯です。
そして山頂部の七曲の登城道を登ると、西の袖平、三の丸、二の丸、本丸が連郭式に配置され、特に二の丸の周りを囲む石垣や、本丸との間の深い掘切は見ものです。
当然ながら、二の丸、本丸からの下界の広瀬町街の見晴らしも最高です。
2004.8.8
21 松江城
 (千鳥城)
  出雲(島根)
現存、石垣・堀
 (1607)
松江城へ ムーンライト八重垣と快速を乗りついて、早朝の松江に到着し、バスでひたすら城近くへと、早朝7時ごろで人少なく、城の堀周りを一周してから、2度目の訪城は、その日の登城一番乗りでした。
現存する本格的な天守閣と堀、そして宍道湖の眺めは最高です。
小泉八雲記念館などを回るなら、共通入場券(800円)がお得。 市内一日フリーバス券や松江駅でレンタサイクルなど有。
2004.8.8
1996.11.16
161 高取城跡
 (越智、芙蓉城)
  大和(奈良)
曲輪、石垣・門
 (1332)
高取城跡へ 近鉄特急で壺阪山駅をおり、駅備え付けの『近鉄てくてくまっぷ#5』を入手し、絵地図を手に2万5千石の城下町の風情を残す土佐の地区のたたずまいを見ながら、いざ、標高584mの高取山の城址へ。 しかし、苔むした石がごろごろし、途中の七曲りをはじめ、二の門跡までは、結構きつかったです。
でも、高見台からの見晴らしのよさと、二汗以上かいた身体への風通しも最高です。
頂上付近にも関わらず、侍屋敷跡から宇陀門跡、三の丸、二の丸、本丸、そして天守台と、よくもこんな山の上に広い土地とその周りに石垣を築けたものだと感心しました。 特に本丸北西の天守台の高石垣はすごいです。
本丸の周りもあまり人が歩いていませんが、高い石垣が四方を囲っていて、見ものです。
2004.8.7
160 関城跡
  常陸(茨城)
土塁、坑道跡
 (鎌倉期)
関城跡へ 県道357号線から案内に従い、途中道路の右側にあった"左折で関城跡へ"の道標に迷いながらもたどり着くと、こんもりした竹林の中に関城祉の石碑と説明板があります。
近くの700年近くも残る坑道跡の穴はすごいですね。
2004.5.3
158 多賀谷城跡
 (下妻城)
  常陸(茨城)
土塁、堀の一部
 (1454)
多賀谷城跡へ 県道357号線を北上し、下妻市街地に入りそろそろかなと迷って、適当な路地に入った多賀谷城跡公園が下妻城跡でした。
小高い土盛が二つありましたが、本丸広場はかなり広く、サッカーにいそしむ・・・人の一団がいました。本当は子供が遊ぶ公園では???
2004.5.3
156 石毛城跡
  常陸(茨城)
城址碑、土塁?
 (1532)
石毛城跡へ 豊田城へ行く途中、石毛町内の県道357号線沿いの八幡神社内にある石毛城跡に寄りましたが、石碑があるばかりでした。でも神社の社殿の左横の土手が遺構でしょうか。 2004.5.3
155 逆井城
 (飯沼城)
  下総(茨城)
土塁、櫓門・城門
 (1577)
逆井城へ 5月3日は月曜で管理人事務所は休みでした。普通祝日の場合次の日なのですがね。
そのせいか私の訪城約1時間の間に訪れた車が他に2台のみ、しかも台地に足跡を残したのは私一人という有様でした。確かに何処の城址も同じで、花見客で一杯の桜の季節は過ぎてはいましたが・・・。
でも休みにもかかわらず、城内の蕎麦屋の旦那さんが開店して、いつ来るとも判らぬ客を待っていました。私も一杯食すべきでしたかね・・・。
2004.5.3
68 関宿城
  下総(千葉)
御三階櫓、城門・新御殿
 (1457)
関宿城へ 夕方近くの初登城時は、白亜の御三階櫓の県立博物館は無料で記帳するだけで入城し、博物館内の展示では利根川の流れを変えた工事の大変さやその歴史がよく判り、また、目の前の利根川の大きさや河原の広さには感動し、利根川の堤防に沈む赤い夕日を見てさらに、感動したものです。
しかし、二度目は早朝で、入場料も200円となっていましたので登城をあきらめ、その周りを散策、近くの江戸川沿いの関宿城址と関所跡にも足をのばしました(といっても車ですが)。関宿城址では雌雄の雉に出迎えられ、近隣も田植え真っ盛りでした。
2004.5.3
2000.10.18
154 土浦城
 (亀城)
  常陸(茨城)
城門、土塁・堀
 (永享年間:1429〜40)
土浦城へ 現存の太鼓門をはじめ、復元の東西櫓、水堀や土塁など見るところが多いです。
また、土浦市内には歴史的な多数の蔵が多く保存され、これらを中心に散策するのもよいものです。
2004.5.2
153 佐倉城
 (鹿島城)
  下総(千葉)
土塁、堀・馬出し
 (1611)
佐倉城へ JR佐倉駅を降りると小高い丘が見えましたが、それがすべて城域だからすごいです。
丘の中の本丸を初め二の丸、三の丸が深い空堀をはさみ存在し、その他侍屋敷等が配置されていたようですが、さすがに江戸を守る三つの要の城です。
特に、現存している城域を巡る帯曲輪や堀、出丸、長く続く城南堤は他の城にはないすごさです。
2004.5.2
152 能見城址
  甲斐(山梨)
城址板、石碑 能見城址へ JR穴山駅より徒歩で目の前の山に向っていくと、途中"私道につき無断通行禁止 能見城・長靖寺"の立て札が道路に落ちていました。私道=全山私有地なのでしょうか。
約10分砂利道を登ると、山頂には、能見城址のでかい看板、守屋一族発祥の地に石碑、フェンスに囲まれた上水施設、無人の建物=寺?(月一度何か法要・講をやるような張り紙がありましたが)と若干の大きな石が何個かゴロゴロとあるばかりで、遺構らしき物は城山ばかりでしょうか。
2004.4.17
114 新府城
  甲斐(山梨)
土塁、空堀
 (1581)
新府城へ 小高い台地の上のさらに丘の上にある平山城ですが、南大手門跡をとおり、三の丸、二の丸をのぼると(過ぎとに近い)広い本丸にでます。六ヶ月の突貫工事で造った城だったそうですが、建物はどこまで出来ていたのでしょうか??勝頼は火を放って天目山まで退散したらしいのですが。
残念ながら、私も大手門下の三日月堀は確認できませんでした。
北方より城北の神社に上る石段は二百三十九段ありと古記にあるそうで、急な石段ですよ。(それを避ける方は乙女坂を登ってね!)
4月初めには、JR穴山駅から新府駅との間をウォーキングして、新府城の桜と隣の桃の花が一斉に咲いた桃源郷を散歩するのが最高です。
2004.4.17
2002.10.14
151 谷戸城跡
 (茶臼山城)
  甲斐(山梨)
土手、空堀
 (1180)
谷戸城跡へ 遠くから見ても一部に桜が咲いていて、全体が城址と分かります。
ただ、私がいった時は全体を整備中で、立ち入れない所が多かったですが、土手や空堀があり、よかったです。
谷戸城から約1km南にある、縄文時代の金生遺跡も復元された住居3戸も狭い入口を屈んで入るのも何かよかったですよ。
2004.4.17
150 小机城址
 (飯田、松小屋城)
  相模(神奈川)
曲輪、土塁・空堀
 (永享年間?)
小机城址へ 小机城は、JR横浜線小机駅からは徒歩15分程度。城址全体は30分もあれば廻りきることはできます。公園として整備されておりお薦めのお城ですが、城址のド真中を第三京浜がぶち抜いています。
土塁・空堀・曲輪跡などは良く残っていて、特に空堀は必見です。竹林も整理されて、竹の子を取るな!の標識はほのぼのとしてよいかも。
2004.3.28
149 川手城址
 (革手城)
  美濃(岐阜)
城址碑
 (1353)
川手城址へ 川手城は美濃の守護職土岐氏の居城であったらしいですが、今は城跡碑と案内板しかありません。しかもそれも済美女子高校の校舎と校庭の間の入っていくとある小さな公園の中です。あまり変な格好でウロウロすると明らかに・・・と間違われますよ。 2003.8.16
148 加納城
 (叶城)
  美濃(岐阜)
石塁、土塁・堀
 (1602)
加納城へ 本丸をグルーと石垣と土塁が囲っていて、岐阜市内ですが、石垣が立派に残っています。テニスコートなどになっているのは干された堀跡でしょうか。 2003.8.16
147 墨俣一夜城
 (一夜城)
  美濃(岐阜)
模擬天守、城址碑
 (1566)
墨俣一夜城へ 羽柴籐吉郎が上流から木材をながし、苦労して築いた出世の砦ですが、今は長良川の右岸堤防の下を流れる犀川端に4層6階建ての白亜の天守を持つ「平成の一夜城」(=歴史資料館)です。
帰りには、近くの寺町の寺院を巡るのも良いですよ。
2003.8.16
146 能登小丸山城
  能登(石川)
曲輪跡
 (1582)
小丸山城址へ 小丸山城は前田利家出世城といわれ、本丸を中心に3つの出丸に砦が築かれたそうですが、今では公園としてよく整備されています。ここにも昨年のNHK大河ドラマ「利家とまつ」を記念して『前田利家松子之像』なるものがありました。
しかし、公園内に”トンビに注意”がありましたが、公園内でものを食べていると本当にトンビが食べ物を狙って空から降りて来るのでしょうか?
2003.8.15
145 高松城
 (玉藻城)
  讃岐(香川)
天守台、櫓3・石垣・堀
 (1588)
高松城へ 城の北側は海に面し、残り三方の堀には今も海水を引入れた日本三代海城の一つにも数えられ、石垣を今も海水が洗うお城です。海と堀がつながっていて、潮の干満による水位調整のための水門があります。そこから見る天守台も良いです。
ふと着見櫓の方から海側を見ると高松フェ-リ-乗り場の駐車場にある二重櫓もどきが見えるのは何???
2003.8.14
144 徳島城
 (渭山城)
  阿波(徳島)
石垣、曲輪・復元門・堀・庭園
 (1585)
徳島城址へ 城山山頂部には累々と草に覆われた石垣群が残っており、特に本丸虎口の高石垣が立派です。また本丸は広く、登る敵を屠り、守るに最高だと思いました。
早朝のどしゃ降りの雨の中の徳島城となりましたが、朝早いせいか、無料で表御苑庭園を散策できました。(それとも単に庭園への鍵の閉め忘れで、開いていただけだったのかな?)
2003.8.14
143 阿波川島城
 (北ノ城)
  阿波(徳島)
模擬天守、曲輪跡
 (1573〜92)
阿波川島城へ 城郭の曲輪は、比較よく残っていて、吉野川に面した「岩の鼻」の城山の一番高所が本丸、川島神社が建つ所が二の丸、そして三の丸跡?には観光用の三層模擬天守が建っていて、入場は無料です。 2003.8.13
142 阿波一宮城
  阿波(徳島)
曲輪、石垣・竪堀
 (1338)
阿波一宮城址へ 山頂の城址まで一宮神社脇の登山道を約20分登りますが、途中、蔵跡の曲輪、竪堀、2つの曲輪などあり、山頂まで飽きずに登れます。 本丸は総石垣造りで、特に東側の虎口の石垣は見応えがあり、本丸そのものも結構広いです。
帰りは巡礼街道なる所を下りましたが、途中に滝などもあり、迷ったのではとスリルを感じましたが、人家のある道に出たときは一安心しました。
2003.8.13
141 日和佐城
  阿波(徳島)
模擬天守、石垣
 (1500年代初め)
日和佐城へ 城山の頂上に建つ白亜の天守閣はなんと昭和53年に日和佐勤労者野外活動施設として完成したものだそうです。歴史博物館ではないようです。
日和佐大浜海岸はアカウミガメの産卵地で有名で、私が訪れた時も孵化した子ガメの放流会がありました。
2003.8.13
140 海部城址
 (鞆城)
  阿波(徳島)
石垣、曲輪跡 海部城址へ 小学校の校庭横の登り階段(津波発生時の避難道と書いてありましたが)を登り始めると、大量のカニがさわさわと道をあけてくれました。しかしその後は何軒も残る廃屋横や道なきorあり道を登り、やがて、三段、二段の曲輪跡のような土塁が見え、最後に僅かながら石垣が残る本丸の段らしきものにたどり着きました。しかし、毒蛇が出てこなくてよかったー。
帰りは海側へ下りたのですが、海部城へは海側の道を上がるとすぐ本丸跡にたどり着けることが判り、ガッカリでした。
2003.8.13
139 土佐安芸城
  土佐(高知)
土塁、石垣・堀・武家屋敷
 (1309)
土佐安芸城へ 城山山頂の今も一部土塁の残る一の段、一の段を挟んで南北に二の段、更に南に石垣の残る三の段のある戦国時代の城と、内掘、土塁、南正面には石垣で固められた枡形虎口のある近世の城が並存していて、なかなか良かったです。 2003.8.12
138 岡豊城跡
 (長宗我部城)
  土佐(高知)
曲輪、土塁・石垣・空堀 岡豊城址へ 岡豊城は、長宗我部氏が築いた戦国城郭で、建物こそありませんが、曲輪跡がよく整備されて残っています。 特に三の段の土塁や石垣、そして三の段から四の段への間にある小曲輪の土塁、虎口は見応えがあります。 2003.8.12
高知城
 (大高坂、鷹城)
  土佐(高知)
現存、櫓3・石垣
 (1588)
高知城へ 初訪時は、夕方近くにたどりついたので、お城そのものは外観だけしか見れず、残念でしたが、30年後の再訪時はたっぷり堪能しました。
一二三段に築かれた曲輪群と現存天守、そして建ち並ぶ城門・多聞櫓などが残りすばらしいです。さすが現存城郭です。ただ、本丸搦め手の黒鉄門を登り口の石垣が崩れ通れなかったのが残念でした。(私は下までは行ってみましたが)
2003.8.12
1973.3.23
137 浦戸城跡
  土佐(高知)
天守台(一部)、曲輪
 (1591)
浦戸城跡へ 月の名所「桂浜」が近くにありますが、本丸には国民宿舎桂浜荘とその駐車場があり、かなり破壊されていますが天守台の一部が残っていて、桂浜へ降りる道路の片隅に石碑と案内板が建てられています。(この辺が三の丸跡らしい) 2003.8.12
136 土佐中村城
 (為松城)
  土佐(高知)
石垣、土塁
 (1468)
土佐中村城へ 四万十川のそばの為松山頂に建つ幡多郷土資料館は、昭和48年に幡多市町村圏事業として為松公園(一条時代の山城二ノ丸)に立てられたものだそうですが、中は相当ガタがきていましたね。でも受付嬢がかわゆく、応対もよかったので好印象でした。 2003.8.11
10 宇和島城
 (鶴島、丸串板島城)
  伊予(愛媛)
現存、門・石垣
 (1601)
宇和島城へ 初訪問時は、早朝で宿舎から歩いて行ってみたお城は外観のみでしたので、こじんまりしていた印象が残っているだけでした。
でも再訪問時は、しっかり中も見せていただきました。さすが現存の城だけあって、中は下手な展示品もなく、木の味わいのある、当然階段は急ですが、楽しめました。
2003.8.11
1973.3.26
135 大洲城
 (比志、地蔵ヶ嶽、大津城)
  伊予(愛媛)
石塁、櫓3
 (1595)
大洲城へ 訪問時は台所櫓、高欄櫓に連結する四層の天守を平成16年秋までの予定で復元工事中で本丸には入れませんでした。ただ、登城禁止の立て看板を見ないようにして裏手からのぼって、櫓近くまでは行きました。
でも、ゲートを出るときガードマンのおじさんに見咎められ、『入らないで下さい。明日なら一般見学会があり、見れますよ』と言われましたが、『そんな一泊する余裕などないですよ。ところで、三の丸南隅櫓の場所は何処ですかねー。』と言ってを教えてもらう、あつかましい人でした。
2003.8.11
姫路城
 (白鷺城)
  播磨(兵庫)
現存、櫓・門・石垣・堀
 (1601)
姫路城へ 何度訪れても、その秀麗古雅な天守閣群、丘陵と調和したすばらしい景観は、まさに世界的名城です。
でも天守閣ばかりでなく、大手門横の時代劇やテレビドラマのロケ地のメッカとなっている好古園(テレビ暴連坊将軍で見たとおりで行ってみる価値あり)や内堀、中堀の周りを散策してみるのも良いですよ。
2003.8.10
2000.8.7
1972.4.2
134 荒井城址
  相模(神奈川)
空堀、土塁基部 荒井城址へ 平安時代末期に荒井氏が館を構えたらしいのすが、現在城跡は荒井城址公園として整備されすぎて、築山や植樹などにより城郭遺構をたどるのは難しい状態です。
公園入口を登ると大きな空堀があり、造園されていない部分に土塁が残っています。
しかし、よくもこんな急な城址とも思える山の上まで宅地造成して、売れるものですね。
2003.7.16
133 熱海城
  相模(神奈川)
模擬天守(観光用)
 (城跡等なし)
観光用熱海城へ 歴史的には城を築いた事実もなく、戦国時代北条氏は錦ヶ浦に突出した岬に位置するこの地に、水軍の拠点にしたかったというがあやしく、あきれたお城の代表選手ですね。
しかし、館内の展示物は、日本の城郭などについて意外にもまともです。
とはいえ、油断するととんでもない展示物が目の前に現れますのでご注意ください。
2003.7.16
132 横地城跡
 (金寿城)
  遠江(静岡)
土塁、堀切 横地城跡へ 横地城は3つの城域に分かれているようで、登るといってもさほどの高さを感じないところにだだっ広くて千畳敷と言われている二の丸跡があり、更に東へ進むと中城・本丸跡・井戸曲輪・木戸跡などの遺構があります。井戸曲輪の北側一帯に堀や土塁・曲輪跡らしき遺構が確認できます。 2003.5.1
131 天方城址
  遠江(静岡)
土塁、空堀、堀切 天方城址へ 城跡は城ヶ平公園としてかなり整備されていて、日本庭園風になっていますが、そこまで行くのに、本当にすごく不安になるような林道のような感じの細い道を、長々と上ります。
駐車場の目の前が、いきなり空堀(内堀)です。この空堀、保護の為に立ち入らないで下さいとたて看板がありましたが、本郭の3方を取り囲むようにずっと続いていて、結構見応えあります。
2003.5.1
130 社山城跡
 (水巻城)
  遠江(静岡)
土塁、堀切 社山城跡へ 城山公園としてよく整備されていて、あまり山っぽくないのですが、いざ入り込んでみると、一の曲輪、二の曲輪、帯曲輪、横堀、堀切、土塁と中世山城を堪能できます。
社山城跡入り口は非常に分かりにくいのですが、県道44号を走っているとXX酒店の看板の近くに案内標識があります。一旦そこを見つければ、あとは要所、要所に、標柱があるため、狭い道をくねくねと登っていきますが、登城口へ迷わず行けます。
2003.5.1
129 鳥羽山城址
  遠江(静岡)
石垣、土塁・空掘 鳥羽山城址へ 二俣城本丸から天竜川東岸に降りて、土手上を歩いていくと約15分程で鳥羽山城に着きます。
鳥羽山城は徳川家康が武田方の二俣城を攻略する為に、今はなき二俣川を挟んで対峙して築城された城だそうですが、現在でも天竜川や南方の町並みの景色がすばらしいです。
2003.5.1
128 二俣城
 (蜷原城)
  遠江(静岡)
天守台、石垣・土塁・堀切
 文亀年間(1501〜03)
二俣城へ 天龍浜名湖線二俣本町下車。歩いて10分ほどで入り口に到着しますが、石階段は登らず、先の駐車場まで行ってから登城道を登りだしてください。
すると驚き、センサーで感知し、自動的にお城の説明が始まります。その説明を聞きながら登城してください。
本丸に野積みの天守台が残されていますが、その天守台から見える天竜川の流れは絶景です。
2003.5.1
127 大平城址
  遠江(静岡)
土塁、堀切・空堀 大平城址へ 県道68号線沿いに立派な駐車場と縄張図がついた看板などがあり、とっても分かりやすいです。
登城口から城跡への道もしっかりしており、自然地形をうまく利用して作られたって印象の土塁・堀切・空堀などの遺構が見られます。
途中には、大平城址と書いた石碑がありますが、四隅を縄で囲ってあり、ご神体にでもしてるのかなぁ?
2003.5.1
126 河村城址
  相模(神奈川)
畝堀、郭跡(土塁) 河村城址へ 本城郭と小郭、茶臼郭の間の畝堀は、山中城址に負けないくらい立派です。(キレイに整備されただけかな?)
しかし、一気に本丸(本城郭)まで登るのは結構きついので、みかん畑の中を登るルートのほうが楽かも。
2003.3.23
125 松田城址
  相模(神奈川)
土塁、堀
 (16世紀中頃)
松田城址へ 城跡全体がみかん畑になってしまい、かつ空堀跡はもう浅くなって見るほどでもないようですが、天神沢と旗矢沢に挟まれた丘陵から見る相模湾方面や酒匂川上流方面など見晴らしは大変よく、古人が松田城を構えた理由も納得です。 2003.3.23
124 膳所城
 (白鹿、望湖城)
  近江(滋賀)
石垣の一部分、移築門・復興隅櫓
 (1601)
膳所城へ 城跡は公園になり、琵琶湖湖岸沿い?に石垣の一部が残っているだけです。時間の関係で私は二ヶ所しかいけませんでしたが、城址より大津、草津市内に移築された城門や、復興されている隅櫓など遺構が数多く残っています。 2003.3.22
123 淀城
  山城(京都)
天守台、石塁・堀
 (1623)
淀城へ 京阪本線淀駅のホームのすぐ横に天守台石垣と堀が迫っています。天守台には危険防止のため防護柵で進入禁止ですが、外からもよく中がうかがえます。でも天守台の石垣の上に立ってみたかったですが・・・。
近所の叔父さんの説明で薩摩島津家の刻印のある石垣や、今も水をたたえている蓋してある井戸など見学しましたが、遺構がよく残っています。
2003.3.22
122 横須賀城
 (松尾城)
  遠江(静岡)
石垣、土塁・堀・移築門
 (1578)
横須賀城へ 県道から一本入った細い道沿い(昔の街道?)に城があります。県道からの入り口にある本当に小さい看板(城祉口としか書いてありません)は見逃しますよ。
横須賀城は大手門が二つあることや三日月堀から西の丸下段・本丸に至る南側には丸い大玉石で組まれた石垣が特徴だそうですが、何か不思議な光景です。
2002.11.9
121 高天神城
  遠江(静岡)
郭、土塁・井戸・堀切・空堀
 (1416)
高天神城へ 何処からみても急峻な山並みを見ながら南側の大手門口へたどり着き、追手門(大手門)跡から三の丸、御前曲輪、本丸へと一気に上れます。さすが本丸跡からの見晴らしは、すばらしいです。東側は断崖だらけというより断崖で囲まれています。
一方西側の二の丸側は堂の尾曲輪や物見台などに土塁や空堀、堀切などが多数見られます。特に堂の尾曲輪下の空堀(隍堀と書かれていましたが)が深く、大きくすばらしいですよ。必見!
時間があれば西の丸の高天神社、切割を渡り、馬場平を通り、昔軍艦横田甚五郎が抜けた"犬戻り猿戻り"といわれる約1kmの尾根歩きをしてはいかが。そんなきつくないですよ。ただ途中断崖も多いので注意。
2002.11.9
120 勝間田城
  遠江(静岡)
郭、土塁・堀切
 (応永年間:14世紀)
勝間田城へ 駐車場から急坂を登り茶畑になった出丸を経て土塁に囲まれた二の丸へ出ます。さらにその上の勝間田城祉の石碑が建つ最高所の一の曲輪(周囲に土塁が残る)からの見晴らしはすばらしいです。
案内板はなかったですが、南の尾根から続く南曲輪と一の曲輪との間の大堀切も深いです。
2002.11.9
119 諏訪原城
 (扇、金谷、牧野原城)
  遠江(静岡)
郭、土塁・空堀
 (1573)
諏訪原城へ 城跡は、本丸を初め、現在雑木林と茶畑になっている二の丸、三の丸など大変大きく、空堀・土塁などがよく残っています。
堀は16号まであって深く、かつ大きいです。降りたらなかなか上がってこれませんよ。
城の表玄関口である大手口から諏訪神社を通り一周約1kmで順路に従って、のんびり30分ぐらいで廻れます。くれぐれも駐車場横から入っていかないでくださいよ順路途中ですから。
2002.11.9
118 甲斐上野城
  甲斐(山梨)
模擬天守(史実と関係なし)、塁跡 甲斐上野城へ 甲斐上野城といっても、山麓にある蹴裂(けさき)神社内の上野城址碑以外に何も見るものはありませんが(すぐ隣の歌舞伎文化公園内の四階建て天守閣風ふるさと資料館は史実に関係なく、あきれたお城の一つでしょうか)、神社から見た甲府盆地方面は見晴らしがよいです。 2002.10.26
117 甲斐小山城
  甲斐(山梨)
土塁
 (1582)
甲斐小山城へ 道路から案内の立て札も分かりにくいし、果樹園の畑道(アスファルトはしてありますが軽トラ専用の農道)をうろうろして、やっと小山城址の土手を見つけました。本当大変でした。
四方を土塁に囲まれた広い本丸跡は、地元自治会の管理する運動場+ブランコなどがあり、運動会(それともゲートボール?)を定期的にやっていそうな感じです。
2002.10.26
116 岩殿山城
 (岩殿城)
  甲斐(山梨)
空堀、土塁
 (1532)
岩殿山城へ ふれあいの館からはじめコンクリートの階段をフーフーいいながら登ると、でっかい岩で作られた門跡が出迎えてくれます。それにしても、巨岩があちこちに顔を出していてすごい山です。特にちょっと足を延ばしてカブト岩を登ってはいかがですか。すごいですよ。登るのには結構体力要りますよ、でも降りるのは楽です。
岩殿山を攻略するには事前にふれあいの館の展示室で地元大月出身の三遊亭小遊三がナレーションのビデオ(15分ほど)を見ておくとよいかも。
2002.10.26
115 水口城
 (碧水城)
  近江(滋賀)
模擬櫓、東出丸と乾櫓の石垣・土塁・堀
 (1632)
水口城へ 本丸は、まるまる学校のグランドになっていましたが、本丸と東出丸の石垣と堀が昔の面影をよく残しています。一周約1kmですのでゆっくりまわってみてはいかが。
模擬櫓内の資料館では、係りのおばさんがお茶入りで水口町の案内のビデオを上映してくれたり、館内を案内してくれますよ。
2002.10.19
113 津山城
 (鶴山城)
  美作(岡山)
天守台、石塁・堀
 (1604)
津山城へ 四国丸亀城にも負けないくらいの石垣の高さ、多さに感激し、多数の櫓跡に立って、兵どもの跡を思い浮かべるのも最高です。しかしここにも動物園が...。
現在平成14年度中に復元予定の備中櫓もよいのですが、かっての五層の天守の復元がよかったのでは???
2002.8.16
112 丹波篠山城
 (桐ヶ城)
  丹波(兵庫)
天守台、石塁・堀
 (1609)
丹波篠山城へ 大坂城、名古屋城にも負けないくらいの石垣と内堀、外堀の立派さ、特に、本丸の石垣の高さと形はさすが藤堂高虎が築いた城ゆえと感激です。
石垣の上は、特別な柵もなく、下を見渡すのにはスリル満点ですよ!!!
帰りに黒豆アイスかキャンディを食べるのを忘れずに(ただし、ちょっと高いかな?\210です)
2002.8.12
111 勝竜寺城
  山城(京都)
模擬二層櫓、堀・土塁
 (1339)
勝竜寺城へ  関ヶ原の戦いで西軍の人質になるのを嫌い自害した細川ガラシャ(本名:玉)は細川忠興と3年間過ごした城です。二人の銅像も本丸址にありますが、模擬二層櫓や土塁跡や空堀跡がよく残されています。
旧街道沿いの商店街を歩くのも風情があります。
2002.8.10
110 亀岡城
 (亀山、亀宝、霞城)
  丹波(京都)
天守台、石塁・堀
 (1577)
亀岡城(丹波亀山城)へ 本丸石垣、外堀、そして内の空堀は昔の規模を残しています。
しかしながら、大本教本部の土地となったとはいえ、天守台がマカおかしき神聖なモニュメントに犯されていて、立入禁止になっていました。悪趣味というか、信教の怖さを感じざるおえませんでした。
2002.8.10
109 園部城
  丹波(京都)
隅櫓、城門・石垣・堀
  (1619)
園部城へ 山を越えて見えるは、立派な園部城と思いきや、下部がガラス張りで、地下部にはプールもある立派な国際交流会館でした。しかし、内部の3階にある園部の旧家跡は入れませんでしたが、土間含めて覗くだけでも素晴らしのに、開放されていませんでした。残念でした。
すぐ横の園部高校の校門になっている現存二層櫓門はよかったです。
2002.8.10
108 清洲城
  尾張(愛知)
模擬天守、本丸土塁
 (1582)
清洲城へ 橋を渡って、模擬天守を見るのが、コースですが、その前こんもりした盛り土の清洲城址の見学を忘れずに。それに石垣跡も少し残っていますよ。(再建ものかもしれませんが)
それにしても、すぐそばをJR東海道本線、新幹線が通っていることに天守閣最上階展望台に立って初めて気付く愚かしさ、今まで何度も通り過ぎていたのに・・・。
2002.7.30
大坂城
 (錦、金城)
  摂津(大阪)
復興、石垣・堀・隅櫓
 (1583)
大坂城へ 外堀をぐるっと廻って、大手門より本丸へ入るコースは以外とポピュラーでないかもしれませんが、天守と隅櫓を見て歩けてよいものですよ。
平成の大改修(平成9年完了)で外装が白く、まばゆく輝いていますよ。
それにしても、エレベータのあるお城はやはり凄い。展示をじっくりと見たら1日はかかりますが、大阪城の歴史は、ほんとに良く分かります。
天守閣横の貯水池の構造も意外と感心して納得しました。
2002.7.27
1997.8.11
1965(小6)
106 足柄城
  相模(神奈川)
郭跡、土塁・空堀
 (安土・桃山時代)
足柄城へ 石畳の足柄古道を踏み鳴らして足柄峠へ上がると、足柄之関跡に出ます。そこから足柄城址の一〜三の郭跡から見る富士山は全てすそ野から見えて最高です。
土休日には地蔵堂から足柄万葉公園までを延長して足柄峠までバスも通っていますので楽したい方はこちらの方を・・・。(ただし、バスの本数が少ないので注意ですが。)
時間と体力に物言わせて約1時間ほど歩いて、登った金時山からの360度のパノラマは芦ノ湖なども見えて更に素晴らしいですよ!!
2002.5.25
2002.5.3
105 岩槻城
 (白鶴城)
  武蔵(埼玉)
城門、郭跡
 (1457)
岩槻城へ 昔元荒川沿いの沼地の中に築かれた岩槻城は、難攻不落な土地であったことが想像できるが、現在は公園化して、子供達や、若者が遊んでいました。
それにしても、各地の城址と同様、跡地が野球場、テニスコート、公園化しているのは残念です。
2002.4.29
104 騎西城
 (私市、根古屋城)
  武蔵(埼玉)
模擬天守、遺構なし
 (室町時代)
騎西城へ 藤祭りの無料駐車場への案内に誘われ、車でグルグル走るうちに突然騎西城が現れ、びっくりです。
現在の騎西城は婦人会館として昭和50年に建てられた模擬天守ですが、1、2階は騎西町の歴史記念館になっていて、3階の最上階には畳の会合部屋があるのがその用途を示しているのですね。
2002.4.29
103 川越城
 (初雁城)
  武蔵(埼玉)
本丸御殿
 (1639)
川越城へ 現存の本丸御殿の玄関と車寄せの構えは豪壮で立派です。大広間にいまだに残る松の絵の絵板戸も必見。現存の家老詰所の家老他の人形も見物です。
小江戸・川越には城下町と門前町のにぎわいのある蔵造りの町並みの他にも、江戸城内徳川家光誕生の間、春日の局化粧の間を移築した喜多院の書院、客殿(ただし観覧料は1,000円は高い)や五百羅漢(塀の外からも見えます)、川越のシンボル的存在の「時の鐘」は復元で、今も6時、12時、15時、18時には電動式に替っていますが、時を告げています。私も12時の鐘をアイスクリームを食べながら聞きました。
2002.4.29
102 八王子城
 (深沢城)
  武蔵(東京)
郭跡、土塁・石垣・堀
 (1569)
八王子城へ 約2時間あまりで、本丸までの往復と御主殿の見学が出来ますが、時間があれば詰めの城(大天守台)まで脚を伸ばすのもよいのでは。
くれぐれも本丸へは新道コースで行くほうが遺構も多く、楽です。旧道コースは、藪の中、急坂の山道を登るだけの健脚コースです。(私の経験談です)
城址入口の管理棟にパンフレットがありますのでそれを持って登れば、便利。(余りに朝早く行くと管理人さんがいないのでないかも。(ちなみに私は7時前でありませんでした。)
2002.4.29
101 一乗谷館
  越前(福井)
石垣、堀 一乗谷城へ 復興された武家屋敷内部もよいのですが、九州城めぐりで疲れた私には残念ながらいけなかった山上の一乗山城跡もよいそうですよ。
JR一乗谷駅より徒歩でチョット遠いですが、いろいろな史跡を見ながらの経験もよいですよ。
2001.8.14
※ 各城の紹介文には、現地の説明板や登城時に入手したパンフレット、
  「日本名城の旅」(日地出版発行)、「図説・日本の名城」(河出書房新社発行)、
  「復元イラストと古絵図で見る日本の名城」(碧水社刊)他のものを
  利用させていただいております。
top へ
link of castle web page 日本の城、丸岡城に関するwebページへのリンク集へ

go to home page  日本の城郭めぐり へ    最新〜301300〜201、200〜101、100〜   

 © 1997-2005,2008,2010 kみむ