甲府城跡(別名・舞鶴城)

―― 中仙道の治めとして重要視された城 ――
平成13年(2001)の 甲府城跡へ
鍛冶曲輪に架かる遊亀橋前からの天守曲輪・天主台の石垣(北方面) 
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遊亀橋前からの
天主台の石垣(北方面)
北側の再建された山手御門の渡櫓門(東方面) 
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北側の再建された
山手御門の渡櫓門(東方面)
 甲斐国は、天正10年(1582)武田家滅亡後は、織田信長・徳川家康(城代平岩親吉)の時代を経て、天正18年(1590)豊臣秀吉の支配となり、羽柴秀勝、加藤光泰、浅野長政・幸長親子により治められました。

 甲府城は慶長5年(1600)頃に浅野氏により完成したと考えられます。
 関ヶ原の戦い後は、徳川義直(家康の九男)、忠長(2代将軍秀忠の三男)、綱重(3代将軍家光の三男)、綱豊(後の6代将軍家宣)ら徳川家一門が城主となり城番・城代制がしかれました。
 宝永2年(1705)には、徳川家以外の大名として武川衆出身の柳沢吉保・吉里が領主となり、この時期に城下町も大きく発展しました。
 柳沢氏の大和郡山移封後は、甲府勤番制となり、また、大火にもおそわれ、次第に壮麗な姿は失われていきました。

稲荷曲輪の南側で鍛冶曲輪とをつなぐ稲荷曲輪門 
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稲荷曲輪の南側で鍛冶曲輪と
をつなぐ稲荷曲輪門
山手御門東側駐車場からのJR中央本線越しの稲荷櫓(北面) 
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山手御門東側駐車場からの
線路越しの稲荷櫓(北面)
 明治時代には廃城となり、建物はほぼなくなり、葡萄酒醸造所が造られるなどして、明治37年(1904)に舞鶴公園として開放されました。

 大正6年(1917)に明治維新後陸軍省所管となっていた甲府城跡を、甲府市(旧柳町在住)の村松甚蔵氏の寄付をもとに払い下げを受けて県有地としました。
 戦後の市街地復興に併せて公園整備を進め、昭和39年(1964)に都市公園「舞鶴城公園」として都市計画決定され、昭和43年には県の指定史跡となりました。
 その後広く県民に利用されてきましたが、施設の老朽化などの理由により、昭和60年代に入り公園の改修を求める声が高まってきました。

 そこで山梨県は、平成2年(1990)から舞鶴城公園整備事業を実施し、石垣の改修、園路・広場の再整備、堀の浄化、占有物件の移転、門(鍛冶曲輪門・内松陰門・稲荷曲輪門)や堀の復元、稲荷櫓の建設などをおこないました。
天守台跡からの本丸石垣と復元整備中の鉄門跡石垣(西南西方面) 
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天守台跡からの本丸石垣と
復元整備中の鉄門跡
屋形曲輪から二の丸へつなぐ内松陰門(西面) 
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屋形曲輪から二の丸へつなぐ
内松陰門(西面)
 またそれに伴う発掘調査で、本丸や天主台の周辺から金箔を貼った鯱瓦、鬼瓦が多く出土しました。

[ 現地説明板にあった 「舞鶴城公園 案内図 (150kB)」 へ ]

 平成4年からの史跡発掘調査、建物などの復元整備が前回訪城時より進んでおり、稲荷曲輪の「稲荷櫓」、北側の「山手渡櫓門」が復元されていました。
 しかし残念ながら、今回も私は事前調査不足で、鍛冶曲輪門とその穴木積みの石垣はみそこなってしまいました。

 現在本丸「鉄門」の修復工事が行われていましたが、最高位の天守台からの眺めは甲府市内がよく見えます。
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甲府市歴史公園 『山手御門』
 山手御門は、甲府城に三つあった出入口の一つです。土橋によって堀を渡り、高石垣と土塀に囲まれた内側の高麗門(山手門)と櫓門(山手渡櫓門)から構成される山手御門を通って、ここから南の城内(現・舞鶴城公園)に出入りできました。しかし明治期に破却され、今では線路に分断されています。
【 甲府市歴史公園 案内図 (36kB) へ】
 発掘調査では堀石垣群跡と土橋跡が検出されました。石積みの状況と文献資料から城内の天守台とほぼ同時期の天正末期から慶長初期(16世紀末〜17世紀初)頃に造られたと考えられます。

  ※ 資料館 山手渡櫓門 2階
    ・入場料  :無料
    ・開館時間:午前9時〜午後5時
    ・休館日  :月曜日(その日が国民の祝日である場合はその翌日)
           12月29日〜翌年1月3日(4月30日から5月5日は開館)
土橋跡からの土塀と石垣に囲まれた高麗門(山手門) 山手御門土塀と石垣 
クリックで拡大図(54kB)にいきます。 高麗門(山手門) 
クリックで拡大図(47kB)にいきます。 山手渡櫓門側土塀
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土橋跡からの土塀と石垣に囲まれた高麗門(山手門)
土塀に囲まれた高麗門(南東方面)
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土塀に囲まれた高麗門
(南東方面)
虎口内からの高麗門(北方面)
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虎口内からの高麗門
(北方面)
虎口内東側の石垣と土塀(南方面)
虎口内東側の石垣と土塀
(南方面)
高麗門前からの山手渡櫓門(虎口内側)
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高麗門前からの山手渡櫓門
(虎口内側)
舞鶴陸橋からの山手渡櫓門(西面)
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舞鶴陸橋からの山手渡櫓門
(西面)
本丸櫓跡からの山手御門(北方面)
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本丸櫓跡からの山手御門
(北方面)
歴史公園駐車場入口からの山手御門の高石垣(東面)
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歴史公園駐車場入口からの山手御門の高石垣(東面)
 
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二の丸跡と内松陰門
 内松陰門は、屋形曲輪と二の丸をつなぐ門です。明治の初めまでは残っていたものを絵図や発掘調査の成果をもとに、平成11年に復元しました。
 
舞鶴陸橋南端からの二の丸北側と内松陰門付近の土塀(南東方面)
舞鶴陸橋南端からの二の丸北側と内松陰門付近の土塀(南東方面)
屋形曲輪から二の丸へつなぐ内松陰門(西面) 内松陰門(西面)
クリックで拡大図(42kB)にいきます。 二の丸北側土塀と舞鶴城公園案内板
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屋形曲輪から二の丸へつなぐ内松陰門(西面)
 
二の丸北側土塀前からの内松陰門(北東方面)
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二の丸北側土塀前からの
内松陰門(北東方面)
本丸への石段からの内松陰門内側(西方面)
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本丸への石段からの
内松陰門内側(西方面)
坂下門跡からの石段を上ってすぐの武徳殿正面(南面)
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坂下門跡からの石段を上って
すぐの武徳殿正面(南面)
本丸への石段からの二の丸跡の武徳殿(北面)
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本丸への石段からの
二の丸跡の武徳殿(北面)
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本丸跡
舞鶴陸橋北端からの本丸櫓跡と天守台跡の石垣(北面)
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舞鶴陸橋北端からの本丸櫓跡と
天守台跡の石垣(北面)
舞鶴陸橋南端からの二の丸跡北側土塀と本丸跡の石垣(南東方面)
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舞鶴陸橋からの二の丸跡土塀と
本丸跡の石垣(南東方面)
二の丸内松陰門から本丸銅門跡への石段と石垣
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二の丸内松陰門から
本丸銅門跡への石段と石垣
天守台跡からの本丸跡広場と銅門跡(西方面) 本丸銅門跡
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天守台跡からの本丸跡広場と銅門跡(西方面)
本丸北側の本丸櫓跡の石垣(西方面)
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本丸北側の本丸櫓跡石垣
(西方面)
復元作業中で通行止めの本丸鉄門跡(北方面)
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復元作業中で通行止めの
本丸鉄門跡(北方面)
鉄門の復元予想図(南側)
鉄門の復元予想図
(南側)
鉄門の復元予想図(北側)
鉄門の復元予想図
(北側)
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天守台跡
稲荷櫓前からの天守台跡(北東面) 天守台跡(北東面)
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稲荷櫓前からの天守台跡(北東面)
本丸櫓跡からの天守台跡の石垣(東南東方面)
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本丸櫓跡からの天守台跡
本丸跡広場からの天守台跡西面(東方面) 天守台跡西面
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本丸跡広場からの天守台跡西面(東方面)
天守台跡穴倉内部(西南西方面)
天守台跡穴倉内部(西南西方面)
南東隅からの天守台跡上部(北東方面)
南東隅からの天守台跡上部(北東方面)
天守台跡北側上部と左に愛宕山(東方面)
天守台跡北側上部と左に愛宕山(東方面)
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稲荷曲輪
 稲荷櫓は、城内の鬼門(北東)に位置することから艮(うしとら)櫓ともよばれ、江戸時代には武具蔵として使われていた建物です。明治初年まで残っていたことが古写真などでわかっており、発掘調査でも2度にわたり建物を建築した痕跡(遺構)と、土地の平安を祈るための輪宝(地鎮具)が6点も見つかりました。
 今の建物は、この遺構や残っていた絵図や史料などをもとに、できるだけ当時の姿に復元したもので、平成16年に建築しました。

  ※ 稲荷櫓 利用案内
    ・入場料  :無料
    ・開館時間:9:00〜16:30(入場は16:00まで)
    ・休館日  :年末年始(12月29日〜翌年1月3日)
           月曜日(祝日は開館)、祝日の翌日(日曜日は開館)
山手御門東側駐車場からのJR中央本線越しの稲荷櫓(北面)
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山手御門東側からの稲荷櫓(北面)
舞鶴陸橋北側からの稲荷櫓と稲荷曲輪北側土塀(南東方面)
舞鶴陸橋北側からの稲荷櫓と稲荷曲輪北側土塀(南東方面)
天守台跡北側下の稲荷曲輪と稲荷櫓(北西方面)
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天守台跡北側下の稲荷曲輪と
稲荷櫓(北西方面)
天守台跡からの稲荷櫓(北西方面)
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天守台跡からの稲荷櫓
(北西方面)
北東側出入り口への稲荷曲輪石垣(東方面)
北東側出入り口への
稲荷曲輪石垣(東方面)
天守台跡東下側稲荷曲輪からの稲荷櫓(南面)
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天守台跡東下側稲荷曲輪からの
稲荷櫓(南面)
天守台跡東下側稲荷曲輪と天守台跡石垣(東面)
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天守台跡東下側稲荷曲輪と
天守台跡石垣(東面)
白い土塀で囲まれている稲荷曲輪(南側数奇屋曲輪方面)
白い土塀で囲まれている稲荷曲輪
(南側数奇屋曲輪方面)
稲荷曲輪門(内側)と天守曲輪石垣(西方面)
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稲荷曲輪門(内側)と
天守曲輪石垣(西方面)
稲荷曲輪の南側で鍛冶曲輪とをつなぐ稲荷曲輪門
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稲荷曲輪の南側で鍛冶曲輪と
をつなぐ稲荷曲輪門
鍛冶曲輪からの登り石段と稲荷曲輪門(南面)
鍛冶曲輪からの登り石段と
稲荷曲輪門(南面)
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数奇屋曲輪
 数奇屋櫓跡[別称:巽櫓]は、城内でも最も東側に建てられた櫓で、明治初年までは残っていたことが古写真でわかっています。
鍛冶曲輪から数奇屋曲輪への上り石段(西面)
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鍛冶曲輪から
数奇屋曲輪への上り石段(西面)
鍛冶曲輪からの上がり石段前からの数奇屋曲輪(北側・稲荷曲輪方面)
鍛冶曲輪からの上がり石段前からの数奇屋曲輪(北側・稲荷曲輪方面)
 
数奇屋曲輪から稲荷曲輪への入口と土塀(北西方面)
数奇屋曲輪から稲荷曲輪への
入口と土塀(北西方面)
数奇屋曲輪から稲荷曲輪への入口と土塀(北西方面)
数奇屋曲輪から稲荷曲輪への
入口と土塀(北西方面)
数奇屋曲輪からの稲荷曲輪の東南端石垣(北方面)
数奇屋曲輪からの稲荷曲輪の
東南端石垣(北方面)
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鍛冶曲輪
天守台跡西南端からの鍛冶曲輪(南東方面)
天守台跡西南端からの鍛冶曲輪(南東方面)
 
数奇屋櫓跡からの鍛冶曲輪跡(自由広場)(西南方面)
数奇屋櫓跡からの鍛冶曲輪跡
(自由広場)(西南方面)
天守曲輪南下の水溜跡
天守曲輪南下の水溜跡
稲荷曲輪南下の石切場跡
稲荷曲輪南下の石切場跡
鍛冶曲輪(遊亀橋近く)からの数奇屋櫓跡と数奇屋曲輪(南端部)
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鍛冶曲輪(遊亀橋近く)からの
数奇屋櫓跡(南端部)
遊亀橋南方からの鍛冶曲輪南側の土塀と水堀(西方面)
遊亀橋南方からの鍛冶曲輪の
土塀と水堀(西方面)
遊亀橋南方からの鍛冶曲輪南側の土塀と水堀(東方面)
遊亀橋南方からの鍛冶曲輪の
土塀と水堀(東方面)
遊亀橋南方からの鍛冶曲輪南側の土塀と水堀(東方面)
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遊亀橋南方からの鍛冶曲輪の
土塀と水堀(東方面)
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天守曲輪、中の門跡、坂下門跡
 坂下門は、鍛冶曲輪と天守曲輪・二の丸をつなぐ門です。江戸時代の本『裏見寒話』には、城を建てる前にあった一蓮寺の門を使用していたとあります。
 中の門は、天守曲輪・本丸へ通じる門です。絵図には柵の門として描かれています。
 
鍛冶曲輪(遊亀橋近く)からの天守曲輪の石垣(北西方面)
鍛冶曲輪(遊亀橋近く)からの天守曲輪の石垣(北西方面)
 
鍛冶曲輪からの天守曲輪東南角の石垣(南面)
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鍛冶曲輪からの天守曲輪
東南角の石垣(南面)
天守曲輪南辺の高石垣下の坂下門への通路(西方面)
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天守曲輪南辺の高石垣下の
坂下門への通路(西方面)
天守曲輪・二の丸をつなぐ坂下門跡の枡形(西方面)
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天守曲輪・二の丸をつなぐ
坂下門跡の枡形(西方面)
坂下門を入ってすぐの二の丸への石段(北方面)
坂下門を入ってすぐの
二の丸への石段(北方面)
坂下門を入ってすぐ右の中の門跡と本丸鉄門跡(北東方面)
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坂下門を入ってすぐ右の中の門跡と
本丸鉄門跡(北東方面)
天守曲輪への中の門跡の石垣と石階段(東方面)
天守曲輪への中の門跡の
石垣と石階段(東方面)
中の門跡からの本丸南下側の天守曲輪内部(西方面)
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中の門跡からの本丸南下側の
天守曲輪内部(西方面)
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 県指定史跡 甲府城跡 (舞鶴城公園)                     平成23年5月9日時点
◇所在地・山梨県甲府市丸の内1
◇交通・JR東日本 中央本線 甲府駅から徒歩約5分
◇駐車場・山手御門西側の「甲府市歴史公園駐車場」を利用(1時間無料、その後100円/30分)
◇開園時間・見学自由(稲荷櫓は9:00〜16:00、閉館16:30)
◇入園料・無料
◇問い合わせ・舞鶴城公園管理事務所   TEL:055-227-6179

参考文献 ・現地解説板、現地入手のパンフレット
甲府市観光ガイド

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