湯浅城跡
国民宿舎 湯浅城 全景(南面)
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国民宿舎 湯浅城 全景(南面)

平安末期から鎌倉時代にかけて有田地方を中心に藤原氏の出であるこの地の豪族湯浅氏が大きな勢力となった。
 紀伊湯浅は、紀伊半島のほぼ中央部に位置し、紀伊水道に面して、庸治2年(1143)、湯浅権守宗重の時、青木山に湯浅城が築かれた。

 湯浅氏は南朝方につき、天授5年(1379)和泉土丸城を陥れた北朝方の山名勢は、余勢をかって紀州に進出、湯浅党を討たんとして有田に侵入、湯浅氏は  抗し得なく、同年3月、城は落ち、湯浅氏は離散した。

 その後、後村上天皇の孫・義有王が楠木残党と共に入城した。義有王は紅葉山城にあったが、文安4年(1447)紀伊の守護は畠山氏が大軍を率いて寄せ来ると、12月落城、義有王は自害した。
国民宿舎前からの湯浅城遠景(南方面)
国民宿舎前からの
湯浅城遠景(南方面)
国民宿舎湯浅城前の城址碑
国民宿舎湯浅城前の城址碑

 城跡は、模擬天守風の「国民宿舎 湯浅城」の右手(南)の小山で、登城口から三の丸・二の丸・本丸跡へと上がることが出来るそうですが、山の南側のみかん畑の所から登城口が見つからず、登城を断念しました。

 国民宿舎の天守には、4階に資料館があり、5階は望楼で城跡が見下ろせるそうです。

 湯浅城跡                             平成21年8月12日時点  
◇所在地 ・和歌山県湯浅町青木
◇交通 ・JR紀勢本線湯浅駅から北東へ約1.6km、徒歩約30分
◇駐車場 ・国民宿舎湯浅城の駐車場を利用
◇問い合わせ国民宿舎湯浅城   TEL:0737-63-6688
湯浅町観光協会   TEL:0737-63-2525(代)

参考文献 ・日本城郭辞典 大類伸 監修 (秋田書店発行)
・現地解説板、現地入手のパンフレット

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