小松原館跡
神社内の水堀にかかる橋前に建つ館跡石碑
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神社内の水堀にかかる橋前に
建つ小松原館跡石碑
水堀にかかる橋からの湯川子安神社鳥居と本殿
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水堀にかかる橋からの
湯川子安神社鳥居と本殿

■ 小松原館跡
 小松原館は、湯川氏11代直光の時の天文18年(1549)、亀山山頂の亀山城では風害があるので、山麓に大規模な館を築いて住居としたものです。
 その後、天正13年(1585)12代直春は、羽柴秀吉の紀州征伐に従わず、秀吉の大軍に攻められ、自ら城を焼いて、叔父湯川教春の泊城に逃れた。

■ 湯川子安神社
<祭神> 木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
<沿革>
 湯川氏が当地を支配していたとき、邸の一隅に明神社を祀っていたが、天正年間(約400年)前に静岡県大宮に鎮座の元宮幣大社浅間神社よりその御分霊を亀山城内の明神社と共に勧請し、城主湯川直春公が御息女の安産を祈願されまして御無事安産なされました。
神社南西側に残る水堀(東方面)
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神社南西側に残る水堀
(東方面)
神社南東側に残る水堀(西方面)
神社南東側に残る水堀
(西方面)
 其の後、天正13年(1585)兵火にかかり全焼し後、現在の此の地に再興し、子安神社を創建せられました。
 明治になって再び火災で全焼し、明治15年(1883)再建し、昭和10年(1935)本殿を修復し、及び拝所を新築した。
   (※ 現地、湯川子安神社由緒書板より)

 JR紀伊本線「御坊駅」の東南約400mの「湯川子安神社」とその西隣の県立紀央館高校一帯が城跡のようですが、神社に水堀の一部が残る程度です。

 県立紀央館高等学校の校名は、御坊市が和歌山県(紀州)のほぼ中央に位置するところから「紀央」を、校地が、室町時代に当地方を治めていた亀山城城主湯川氏の別邸「小松原館」の跡地であることから、「館」をもらったそうです。

 小松原館跡(湯川子安神社)                      平成21年8月12日時点  
◇所在地 ・和歌山県御坊市湯川町小松原
◇交通 ・JR紀勢本線・御坊駅前の通りを東に約350m程進み、
   湯川中学校を過ぎた最初の信号を右折して、約250m程進むと
   右手に湯川子安神社神社が見えます。
◇駐車場 ・湯川子安神社の境内に駐車スペースがあり
◇問い合わせ御坊市観光協会
御坊市産業建設部商工振興課   TEL:0738-23-5531

参考文献 ・ビジュアル・ワイド 日本の城 小和田哲男 監修 (小学館発行)
・日本城郭辞典 大類伸 監修 (秋田書店発行)
・現地解説板、現地入手のパンフレット

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