宇都宮城跡(別名:亀ヶ丘、唐糸城)

みはし通りから見える復元された清明台櫓
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みはし通りから見える
復元された清明台櫓
おほり橋からの本丸土塁と富士見櫓(南方面)
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おほり橋からの本丸土塁と
富士見櫓(南方面)
 宇都宮城の基を築いたのは、藤原秀郷とも藤原宗円ともいわれていますが、おおむね平安時代後期に築かれたものと考えられています。

 中世の城主は、宇都宮氏です。
 鎌倉時代の有力な御家人として活躍した歴史城主の中には、小倉百人一首の成立にもかかわった頼綱(蓮生)、元寇に出陣した貞綱などがいます。

 500年にわたり城主であった宇都宮氏は豊臣秀吉に滅ぼされ、江戸時代には譜代大名の居城となりました。
 なかでも、徳川家康の側近であった本多正純は、城と城下町の大改造を行い、現在の宇都宮の町並みの原型をつくりました。

 近世における最大の特徴は、「将軍の日光社参における宿城」となったことです。
清水門跡前からの土塁の上に建つ清明台櫓(西面)
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清水門跡前からの土塁の上に
建つ清明台櫓(西面)
南側公園入口からの本丸土塁上に建つ富士見櫓(南面)
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南側公園入口からの本丸土塁上に
建つ富士見櫓(南面)
 「日光社参」とは、将軍による日光参詣のことですが、将軍と幕府の権威を全国に知らしめる重要な公式行事でした。
 将軍が宿泊した城であったからこそ、「釣天井伝説」が創作されることになったのです。

 宇都宮城は、戊辰戦争の際に、土方歳三らが率いる旧幕府軍に攻められ、建物がの大半が焼失してしまいましたが、平成19年3月に、櫓などを復元し、公園としてよみがえりました。

[ 宇都宮城址公園の案内図 (80kB) ]

[ 発掘調査で確認された堀・土塁などの位置図 (87kB) ]
土塁下の展示館内にあった本丸復元模型
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土塁下の展示館内にあった
本丸復元模型
清明台櫓前からの御本丸広場と土塁(南方面)
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清明台櫓前からの
御本丸広場と土塁(南方面)


 宇都宮城は、戊辰戦争の際に、土方歳三らが率いる旧幕府軍に攻められ、建物の大半が焼失してしまったそうですが、平成19年3月に、櫓などを復元し、公園としてよみがえりました。

 それにしても、櫓の立つ本丸を囲む土塁の高さは高いものです。
 堀を掘った土を積み上げたのでしょうか。
 現在は土塁上にはエレベータで上がることができます。
本丸外観と御本丸広場
 復元された宇都宮城本丸の堀は、17世紀前半に掘られたものと考えられています。
 古い文献には幅12間(21.8m)と記されています。
 発掘調査で、堀は最大で幅27m、深さ最大で7mであったことが確認されています。
 
本丸西通り東端から見る清明台櫓(北面)
クリックで拡大図(31kB)にいきます。 二の丸広場からの本丸土塁と堀(北西面)
本丸西通り東端から見る
清明台櫓(北面)
二の丸広場からの本丸土塁と堀(北西面)
清明台櫓前からの御本丸広場と清明館(南方面) 清明台櫓前からの土塁上の白壁塀と富士見櫓(南方面)
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清明台櫓前からの御本丸広場と清明館(南方面) 清明台櫓前からの土塁上の
白壁塀と富士見櫓(南方面)
清明館前からの御本丸広場南側の土塁と富士見櫓(南西方面)
清明館前からの御本丸広場南側の土塁と富士見櫓(南西方面)
御本丸広場中央部からの土塁上に建つ富士見櫓(南西方面) 御本丸広場からの西側土塁とエレベータ(中央東面)
御本丸広場中央部からの土塁上に建つ富士見櫓(南西方面)
 
御本丸広場からの西側土塁と
エレベータ(中央東面)
富士見櫓前からの本丸西側土塁と北側清明台櫓(北方面) 清明館前からの北側土塁に建つ清明台櫓(南東面)
クリックで拡大図(38kB)にいきます。 清明台櫓からの北側の堀と二の丸広場(北方面)
富士見櫓前からの西側土塁と
北側清明台櫓(北方面)
清明館前からの北側土塁に
建つ清明台櫓(南東面)
清明台櫓からの北側の堀と
二の丸広場(北方面)
清明館東側の空堀と石垣(南方面) 清明館北側の空堀と石垣(西方面) 空堀を渡る清明館入口への石橋(北面)
清明館東側の空堀と石垣
(南方面)
清明館北側の空堀と石垣
(西方面)
空堀を渡る清明館入口への
石橋(北面)
本丸北側正面にあった清水門の絵図
クリックで拡大図(49kB)にいきます。 「宇都宮城本丸将軍家御泊城ノ節建物ノ図」
クリックで拡大図(142kB)にいきます。 「宇都宮御城内外絵図」
クリックで拡大図(173kB)にいきます。
本丸北側正面にあった
清水門の絵図
「宇都宮城本丸将軍家
御泊城ノ節建物ノ図」
「宇都宮御城内外絵図」
 
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清明台
 宇都宮城本丸の土塁北西部にあった櫓で、江戸時代の絵図には二階建て瓦葺きで描かれており、広さ三間(5.9m)x三間半(6.9m)と記録されています。
 清明台のあった部分の土塁は、ほかの部分よりも高く、天守閣の役割を果たしていたのではないかといわれています。
 
「宇都宮城本丸将軍家御泊城ノ節建物ノ図」部分
クリックで拡大図(22kB)にいきます。 二の丸広場東側からの土塁の上に建つ清明台櫓(北面)
「宇都宮城本丸将軍家
御泊城ノ節建物ノ図」部分
二の丸広場東側からの土塁の上に建つ清明台櫓(北面)
 
二の丸広場からの土塁の上に建つ清明台櫓(西面)
クリックで拡大図(51kB)にいきます。 土塁中央部エレベータ前からの清明台(南面)
クリックで拡大図(86kB)にいきます。
二の丸広場からの土塁の上に
建つ清明台櫓(西面)
土塁中央部エレベータ前からの清明台(南面)
 
本丸土塁北西部に復元された清明台櫓(南西面)
クリックで拡大図(37kB)にいきます。 清明台櫓の東面
クリックで拡大図(31kB)にいきます。 清明台櫓東側の白壁塀(南方面)
本丸土塁北西部に復元された
清明台櫓(南西面)
清明台櫓の東面
 
清明台櫓東側の白壁塀
(南方面)
清明台櫓一階内部 清明台櫓一階内部 清明台櫓内の二階への階段
櫓一階内部 櫓内の二階への階段
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富士見櫓
 宇都宮城本丸の土塁南西部にあった櫓で、江戸時代の絵図には二階建て瓦葺きで描かれており、広さ三間(5.9m)x四間(7.9m)と記録されています。
 富士見櫓の名のとおり、まわりに高い建物がなかった江戸時代には、遠く富士山の姿が望めたと考えられます。
 
「宇都宮城本丸将軍家御泊城ノ節建物ノ図」部分
クリックで拡大図(16kB)にいきます。 南側公園入口からの富士見櫓(西北西方面)
クリックで拡大図(65kB)にいきます。 御本丸広場からの富士見櫓(北東面)
クリックで拡大図(37kB)にいきます。
「宇都宮城本丸将軍家
御泊城ノ節建物ノ図」部分
南側公園入口からの
富士見櫓(西北西方面)
御本丸広場からの
富士見櫓(北東面)
南側からの富士見櫓への土塁登り口(西方面) 南側本丸土塁上からの富士見櫓(東面)
クリックで拡大図(32kB)にいきます。 本丸土塁西側中央からの富士見櫓(北面)
南側からの富士見櫓への
土塁登り口(西方面)
南側本丸土塁上からの
富士見櫓(東面)
本丸土塁西側中央からの
富士見櫓(北面)
入口そばからの1階内部(南方面) 入口そばからの1階内部(南西方面) 入口そばからの1階内部(西方面)
入口そばからの1階内部(南西方面)
西側から入口方面の1階内部 1階階段からの櫓2階部 1階階段からの櫓2階天井
西側から入口方面の1階内部 1階階段からの櫓2階部 1階階段からの櫓2階天井
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 宇都宮城跡(城址公園)                  平成22年3月20日時点  
◇所在地 ・栃木県宇都宮市
◇交通 ・JR東北本線 宇都宮駅西口より大通りを西に約1.1km進み、
   パルコのところを左にバンバ通りに入り、約600m南に進むと
   正面に城址公園の二の丸広場へ(約1.7km、徒歩約25分)
◇駐車場 ・公園南端の無料駐車場(5〜6台分)か、二の丸有料駐車場を利用
◇入城料・無料
◇問い合わせ宇都宮市役所ホームページ へ TEL:0285-23-1111(代)
宇都宮市観光協会        TEL:0285-22-9273

参考文献 ・現地で入手のパンフレット、及び、解説板

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