新善光寺城址

正覚寺正面山門前にたつ城址名のある寺名碑
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正覚寺正面山門前にたつ
城址名のある寺名碑
北側土塁の前の説明板
北側土塁の前の説明板
 

 南北朝の動乱期、越前国守護斯波高経は、新善光寺跡に新善光寺城を築城し、南朝方に備えた。
 延元元年(1338)、南朝方の杣山城(旧南条町)主瓜生保の軍勢により落城したが、すぐに奪回した。
 さらに延元3年、金ヶ崎城(敦賀市)の落城で杣山城に逃れていた新田義貞等は勢いを盛り返し、高経の軍勢と日野川で激戦を交えた。
 この戦で府中(武生)の町は焼け、高経は敗走し、新善光寺城は義貞の手に落ちてしまった。
 義貞が新田塚で戦死後、南朝方の勢力は衰え、義貞の弟脇屋義助は美濃へ敗走した。
正覚寺に移築されている府中城表門(高麗門)
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正覚寺に移築されている
府中城表門(高麗門)
寺地北側駐車場そばの土塁跡
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寺地北側駐車場そばの土塁跡

 貞治5年(1336)浄土宗の良如により、乱で戦死した数千人の霊を弔うため城跡に正覚寺が創建され、現在に至っている。

 現在は、境内北部の駐車場に沿う東西と境内の西部の墓地内に南北に、僅かに盛り上がった土塁の跡を留めるのみであるが、正徳元年(1711)の府中図によれば、寺域は、東西90間、南北76間で、土塁の外に堀が巡らされていた。

 遺構としては、寺地北側に土塁跡が僅かに残るのみで、寺山門にはかっての府中城の表門が移築されています。
正覚寺
正覚寺見取り図
正覚寺見取り図
表門左(西側)にある城址石碑
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表門左にある城址石碑
正覚寺本堂正面(南面)
正覚寺本堂正面(南面)
正覚寺西側から墓地への棟門
正覚寺西側から墓地への棟門
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 新善光寺城址                                  平成22年8月15日時点  
◇所在地 ・福井県越前市京町二丁目1-8
◇交通 ・JR北陸本線 武生駅正面の市役所前通りを500m程西進して、総社大神宮の左
◇問い合わせ ・観光・匠の技案内所  TEL:0778-24-0655
 ※ JR武生駅前武生パレスホテル1F
   【開館時間】午前9時〜午後6時 年中無休(ただし、12月30日〜1月2日は休業)
・越前市観光振興課   TEL:0778-21-3307
・正覚寺          TEL:0778-22-1319

参考文献 ・現地の「越前市教育委員会」の解説板
越前市のホームページ

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