清水山城跡
城跡碑のある毘沙門神社への石段と鳥居(西面)
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城跡碑のある毘沙門神社への
石段と鳥居(西面)
城跡南側の城跡碑
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城跡南側の城跡碑
 

 太田貞敏(おおたさだとし)は、斯波(しば)氏の家来として越前に入りましたが、朝倉孝景(たかかげ)との戦で滅ぼされました。

 約70年後、子孫の太田宗清(むねきよ)が織田信長に仕え、その子一吉(かずよし)は、豊臣秀吉に仕え高松城の水攻(みずぜ)めにも参加しました。
 その後、丹羽(にわ)長秀(ながひで)の付奉行として先祖のふるさと越前に入りました。
 後に大分臼杵(うすき)城六万五千石の城主となり、関が原の戦いでは西軍につきました。

 毘沙門堂のある清水山城跡は、太田小源五(こげんご)一吉(かずよし)の館跡だと伝えられていますが、定かではありません。
正面からの毘沙門天の祠
正面からの毘沙門天の祠
主郭跡南東角の樹齢600年以上といわれる大杉
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主郭跡南東角の
樹齢600年以上といわれる大杉

 城跡の東半分は、日野川の堤防築造によって削り取られ、堤防左岸から西へ続く、落差5〜6m程の丘陵地が主郭跡です。
 主郭跡の北側には民家があり、南側には毘沙門天の祠と樹齢六百年とも推定される大木と城跡碑があります。
日野川左岸に隣接する清水山城の主郭跡遠望(南面)
日野川左岸に隣接する清水山城の主郭跡遠望(南面)
 
日野川左岸からの主郭跡(毘沙門堂の裏側・西方面)
日野川左岸からの主郭跡
(毘沙門堂の裏側・西方面)
城跡南辺からの主郭跡(北方面)
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城跡南辺からの主郭跡(北方面)
 
北側民家前からの主郭跡(南方面)
北側民家前からの主郭跡
(南方面)
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 清水山城跡                              平成22年8月15日時点  
◇所在地 ・福井県福井市清水山町
◇交通 ・JR北陸本線 福井駅下車、福井駅前の京福バス8番バス乗り場から
   77系統清水山線に乗り、約35分清水山入口下車し、
   毘沙門神社へ少し北東側に人家の中を歩く
・福井駅前から福井鉄道・福武線に乗って、浅水駅下車、西方面に向い、
   県道32号線を進み、日野川に向かい、清水山橋を渡って、
   すぐ左の川沿い(約5km)
◇問い合わせ ・福井市教育委員会事務局 清水分室   TEL:0776-98-8808

参考文献 福井市教育委員会事務局 清水分室の 清水地域の歴史と文化財紹介

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