小丸城址

―― 佐々成政が府中配置から越中移封までの6年間に築城した平城 ――

道路そば本丸入口の城址碑と説明板(南面)
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道路そば本丸入口の
城址碑と説明板(南面)
本丸埋め門風石垣(外側・東面)
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本丸埋め門風石垣
(外側・東面)
 天正3年(1575)秋、越前の一向一揆を平定した織田信長は、柴田勝家に越前を与えて、北の庄城に配し、与力として佐々成政・不破光治・前田利家を府中・今立・南条二郡十万石の領主とした。

 そのため三人はその後「府中三人衆」と呼ばれるようになるが、この時、佐々成政は小丸城(市内五分市)、不破光治は龍門寺城(市内本町)、前田利家は府中城(市内府中)に居城とし、それぞれ三万三千石を領することになった。

 小丸城は、佐々成政が天正9年(1581)越中に移封されるまでの約六年間のうちに築城され、成政が去った後、城は廃絶された。
 本丸の規模は、東西45m、南北50m、高さ水面から7mあり、一部石垣を持つ丘で、四方に10〜30m幅の堀がめぐらされていた。

本丸南側の石垣群(西方面)
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本丸南側の石垣群(西方面)
本丸東側の堀跡(北方面)
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本丸東側の堀跡(北方面)
 城地は、味真野の扇状台地末端に、野々宮廃寺跡の一部をとり込んでつくられたもので、周囲の東西約300m。南北約450mの平坦地には本丸のほか、二の丸跡や隅櫓、土塁、堀などの遺構がよく残されている。
 付近に小丸、北小丸、古城、的場、御館、鉄砲町などの字名が残ることから、成政在城の頃には広範囲に城郭施設が整い栄えたと考えられる。

 なお、北西の乾櫓から出土した一揆成敗のありさまを刻んだ文字瓦は有名である。 この瓦は現在、越前の里郷土資料館に展示してある。
本丸の丘上部広場(北方面)
本丸の丘上部広場
(北方面)
本丸南側堀跡を挟んで広がる野々宮廃寺跡
本丸南側堀跡を挟んで
広がる野々宮廃寺跡
 本丸には石垣の一部、その周囲には堀跡の一部が残っています。
 また、味真野地区の南西部には「大手町」という地名も残っており、かなり城下町としても大きかった可能性があります。

 小丸城址から味真野遊歩道に沿って、城福寺の国指定庭園や真宗出雲路派本山毫攝(ごうしょう)寺等を散策し、味真野神社や越前の里・味真野苑にまで足を延ばすのも良いかもしれません。

小丸城址:本丸跡、二の丸跡
西側常安楽院の駐車場前からの本丸跡(東方面)
西側常安楽院の駐車場前からの
本丸跡(東方面)
本丸南側下石垣群そばの2つの城址石碑
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本丸南側下石垣群そばの
2つの城址石碑
本丸東側の石段造りの石垣で囲まれた枡形部
本丸東側の石段造りの
石垣で囲まれた枡形部
本丸枡形部の石垣(東方面)
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本丸枡形部の石垣
(東方面)
本丸の埋め門風の石垣
本丸の埋め門風の石垣
(東方面)
本丸枡形部の石垣(南方面)
本丸枡形部の石垣
(南方面)
本丸枡形部の石段(西方面)
本丸枡形部の石段(西方面)
道路からの本丸南東角の土塁
道路からの本丸南東角の土塁
本丸北東側の堀跡と周辺土塁(北西方面)
本丸北東側の堀跡と周辺土塁(北西方面)
本丸北東角の土塁と堀跡(北西方面)
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本丸北東角の土塁と堀跡(北西方面)
櫓台跡東側の土塁と堀跡(南方面)
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櫓台跡東側の土塁と堀跡
(南方面)
櫓台跡への登り口
櫓台跡への登り口
 
本丸東側の二の丸跡(北方面)
本丸東側の二の丸跡
(北方面)
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浄土真宗 出雲路派 城福寺
 国指定の名勝である城福寺庭園は、継体天皇ゆかりの花筐桜を中心に、元禄年間にこの寺の住持が、文室山を借景に作庭したといわれる。
 寺門前には越前福井藩主松平家が城福寺参拝の折に籠をとめ、馬をつないだところである馬場跡がある。現在は、味真野特産の茶が植えられている。
 
寺参道沿いの馬場跡の茶畑(南方面)
寺参道沿いの馬場跡の茶畑
(南方面)
馬場跡からの城福寺正面の山門(南東方面)
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馬場跡からの城福寺正面の山門
(南東方面)
城福寺山門の薬医門(寺内側)
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城福寺山門の薬医門
(寺内側)
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浄土真宗 出雲路派 本山毫攝(ごうしょう)寺
 けやき造り赤瓦山門が荘重な雰囲気を伝える毫攝寺は、真宗十派のひとつ浄出雲路派の本山です。
 寺伝によると、親鸞聖人により天福元年(1233)、京都出雲路に創建され、鯖江山元の庄を経て、慶長年間にこの地に移転されたという。
 広々とした境内には、御影堂、阿弥陀堂、経蔵などが並び、鐘楼に対し北に三層の鼓楼が建ち、落ち着いた空間を構成している。
 
阿弥陀堂門(東側正面)
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阿弥陀堂門(東側正面)
御影堂門(東側正面)
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御影堂門(東側正面)
寺外北側からの三層の鼓楼(西面)
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寺外からの三層の鼓楼(西面)
寺南東側の鐘楼と阿弥陀堂門(寺内側)
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寺南東側の鐘楼と
阿弥陀堂門(寺内側)
御影堂門(寺内側)
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御影堂門(寺内側)
 
t寺北側の三層の鼓楼(南面)
寺北側の三層の鼓楼
(南面)
阿弥陀堂(南東方面)
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阿弥陀堂(南東方面)
御影堂(東側正面)
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御影堂(東側正面)
寺北側の修行僧の部屋のある建物
寺北側の
修行僧の部屋のある建物
寺北側の水堀跡?
寺北側の水堀跡?
御影堂の西側にある建物
御影堂の西側にある建物
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 福井県指定史跡 小丸城址                         平成22年8月15日時点  
◇所在地 ・福井県越前市五分市町 (常安楽院の東隣)
◇交通 ・JR北陸本線 武生駅北側の豊橋か南側の万代橋にて日野川を東に渡り、
   国道8号線バイパスに向い、少し南下して、北陸自動車道 武生IC入口に向う、
   そのまま県道262号線を東に直進し、上真柄町の信号を右折し、南下して、
   旧福井鉄道南越線五分市駅跡そばを左に入り、東に向う(約8km)
◇駐車場・本丸跡西側の常安楽院の駐車場を断って利用
◇問い合わせ ・観光・匠の技案内所  TEL:0778-24-0655
 ※ JR武生駅前武生パレスホテル1F
   【開館時間】午前9時〜午後6時 年中無休(ただし、12月30日〜1月2日は休業)
・越前市観光振興課   TEL:0778-21-3307

参考文献 ・現地の「越前市教育委員会」の解説板、入手のパンフレット、
越前市のホームページ

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